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[コメント] 椿三十郎(2007/日)

無茶なんだ、まったく。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ドラマはまず「お家騒動」に端を発するのだが、それをとりまく人物たちの描写が不思議。織田裕二の三十郎は、気のいいアンちゃんふうで、事態の本質を見抜いたり妙案を思いついたりして、それらを口に出すときなどやたらと嬉しそうなのだが、何がそんなに楽しいのだろう? 若侍たちのアタフタした演技もそれ自体は面白い、だが、彼らの演技(演出)のせいか、今、城代家老が行方不明となり、お家騒動がいよいよただならぬ様相となってきたような切迫した雰囲気を感じない。彼らは「オイエソウドウ」という言葉の周りで躍っているだけのように見える。

椿三十郎』という作品の脚本に相対する前に、お家騒動を描いた物語として脚本を読み込みして、それで、こういう演出になっちゃうものなのか。オリジナルだって笑いをはさみながら軽いタッチで物語の序盤を描写しているが、それでも「お家騒動」は言葉の意味通りの「お家騒動」として描かれ、登場人物たちはみなそれに対して等しく危機を感じ行動していたように思うのだ。本作は、登場人物の「お家騒動」に対する認識がバラバラで弛緩した雰囲気さえ漂う。

嘘は嘘として、その「つきかた」がその作品の中で統一されていれば、映画はリアルな世界観を獲得する。コメディであってもコメディとしてリアルであればいい。本作は初手からそれが崩れているように思うのだ。そんなことないんじゃない、ちゃんと自然に(適切に)描けているよ、と言われる方もおられるかも知れないが、オリジナルが頭に入っていると、どうしても比較をし「違和感」が浮かび上がってしまうのだ。私が監督なら、織田裕二や若侍に「今、登場人物たちにどういう事態が起きているのか、わかってる?」と不満を漏らしているところだ(<偉そうですみません!)。

事件に対する登場人物たちの振る舞いから、観客は人物たちの考え方や心性を理解するのだから、緊迫感よりも何か楽しそうな気分が優勢な三十郎からは、三十郎という人のお家騒動に関わろうとする動機さえ、そういうものかと感じてしまう。腕だめしでもしようという感じの三十郎でもよいのだが、それならそういう三十郎のキャラで通していけばよいのに、シナリオに引きずられて、時々オリジナルの三十郎になったりするから、違和感ばかりがつきまとう。…気のせいなんでしょうか? 

若侍や城代の奥方たちといった弱者を助けるため、というよりも、実は根底では「正義感」から積極的に他人事の内紛に関わっている、そしてそういう正義感がオモテに出ることを恥ずかしいと感じているようなオリジナルの三十郎。その正義感からくるストイックさと照れ隠しのぶっきらぼうに、弱気になりがちな若者を鼓舞するためあえて茶化したりする大人の愛情。昔のもうすぐ40歳と今のもうすぐ40歳の違いもあるだろう。本作の三十郎が「頼れる大きな背中のおじさん」でなくても、気のいい兄ちゃんであってもいい。いやリメイクするならむしろ新しい三十郎像こそ描くべきだと思う。でも「同じ言葉」でそれを表現するということは、あまりにも難しく、監督も俳優もビジョンをつかみあぐねてしまったのではなかったか。

また、フィクションには、話を面白くするために、展開を強引にすすめるところがひとつふたつはあるものだ。うまい映画(嘘のつき方がうまい=リアルな世界)とは、そこをなかなか感じさせないものを言うのだ。だから、本作では「あれ?」と思ったのが、室戸が三十郎を誘った動機なのだ。城代派の勢力がつかめていない以上、自分と同等の力量のものを味方に欲しいのはやまやまだ。しかしなぜ三十郎が「いっしょになって藩を食い物にする仲間になる」と室戸は思ったのだろう? あってそうそう自分の正体をあかしてしまうのは、切れ者にしてはおかしいではないか。黒澤版では思いもしなかったことだ。これは黒澤監督は、三船・仲代という役者のバランスでうまく誤魔化したんだと思う。三十郎(三船)に室戸(仲代)が手放しで惚れることは、誰も不自然に思わないだろう。それが織田裕二とトヨエツには成り立たない、ということだと思う。

あともう一点。

オリジナルでは、私が「名台詞(名調子)」と思って真似したくなるような台詞がたくさんあったのだが、本作はまったくなかった。「あなた、いっしょにいらっしゃい、悪いようにはしませんよ」「ケタはずれのああいう男はわしには困るよ」「仕官の望みがあるのなら大目付の役宅に俺を訪ねてこい。俺は室戸半兵衛!」「俺は椿の花が好きでな」「無茶なんだ、まったく」とか。どうってことない台詞でも、オリジナルはひとつひとつの言葉が立っていた(気がする)。こういうのも演出家の体質次第なんでしょうかね。いいとか悪いとかではなく。

大変勉強になりました!

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)緑雨[*] づん[*] 死ぬまでシネマ[*] [*] 水那岐[*]

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