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[コメント] 戦火の馬(2011/米)

何を語りたいのかよくわからない。監督の動機に「≪映画≫化」以上のものを感じない。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







唯一確かにわかるのは、このストーリーを「スピルバーグ流で映画にする」ということだ。いくたの戦場と戦時下の人々のさまざまな場面の中に、人間たちの思惑とは無関係に生きた馬の姿を「映画」にとどめる。それだけはまごうかたなく表現しえたと思う。障害物を乗り越えるのを嫌う性質が災いし、有刺鉄線の柵にまともに激突し身動きがとれなくなる姿、塹壕の脇を飛ぶように走る姿の映像は圧倒的で、誰が撮るよりもこれ以上のものを撮ることはできないだろうと思うほど完璧。

しかし物語の多くにテキスト的には紡がれている飼い主たちとの交流が、何か説明的でしかないようにあまり魅力的に描けていないと思った。それを通して何を言いたかったのかわからない。飼い主と馬の「交流」ということしかわからない。というか、特にないのではないか、と思う。なんと説明すればいいのかわからないが、もっと他の人が撮ればもっとグッとくるように撮れるような気がするのだ。

アルバートとの再開の場面。目の見えない彼が馬の特徴である脛や額の毛色をいいあてるあの場面なんて、なんてテンポが悪いんだろうと思ってしまう。で、やっぱりアルバートこそ元の主人だ、っていうことを表現するのが、人垣が左右に分かれて中央の主人公にズームインしていくような絵も、もう『未知との遭遇』以来何も変わっていない(別に効果的であれば変わっていなくても何の問題もない)いつものパターンで、何かこう「こういうのはだいたいこういう感じでいい」的な悪い職人技のような感じがしてしまう。「迷いがない」ところはスピルバーグの長所でもあり短所でもあるのだなあと改めて感じてしまった。

あと「映画」にすることにとても興味があるのだなと思わせる最大の理由は、特に冒頭のアルバート一家たちのところに顕著なのだが、役者がアップになった時のライティングが不自然に人工的になるところ。これって昔のハリウッド映画がスターのアップになったときには、実際のロケ地での光源にさからって必ず顔が見えるように正面からライトをあてる(もしくはスタジオで別撮り)っていうののオマージュなんだろう。作者がオマージュをやるというのは、それに「萌え(古いか)」ってことだけど、そこに萌えちゃうところが映画作品オタクである以上に映像オタクであるスピルバーグらしい。ヤヌス・カミンスキーという人が、また引き出しがとてもたくさんあってスピルバーグのリクエストに応えて作品ごとに毎回画質を変えてるみたいな、こういう「○○風」の作りがうまいもんだから、どうにもこのコンビやりすぎな傾向が感じられる。もはや作品のテーマをより強く伝えるためだとかとは関係ないじゃん・・・。なんかイヤラシイ。でもそういうとこが好き。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)ゑぎ[*] 緑雨[*] Orpheus chokobo[*]

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