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[コメント] 渇き。(2014/日)

お父さんは心配性。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







監督は、ある「事象」を、遠くからその内面をわからないままで眺めている時に受ける印象を描いている時は冴えているのに、その内面にせまってくると、途端に元気がなくなるというか、描くことから逃げるというか、そういうタイプなのかなという思いを強くした。それは『告白』のいじめを見て見ぬふりをする中学生のノリの描写のたまらなく魅力的な映像と、結局そこに踏み込まなかったがっかりの記憶があるからだ。

内面が描けてない=ダメってことは必ずしもないけど、だとすると登場人物たちの欲望の所在がよくわからなく感情移入(共感)することができないのだ。例えばオダギリ・ジョーや妻夫木くんの刑事は、何のために闇社会と通じているのかといえば、たぶんいい暮らしがしたいからとか、そういう理由があるはずで、彼らにとって暴力とは、その欲望が果たされる状態を維持するための手段としてあるはずだ。2人の刑事の欲望は、失いたくない理想の生活<暴力なのだろうか? 暴力を振るうこと自体が抗しがたい魅力という人間なのか? そんなことないと思う。オダギリ・ジョーが「きれいなものを汚すものは許さない」とか、「これからは俺は自分のために殺す」とか美学らしきことを言うけど、それとクリスマスには教会に行くような暖かく清らかな家族という両立をはかる心情は、なくはないのかも知れないけど、だとしたらこいつは登場人物の中でもかなり奥の深い内面を持っていることになるのに、そこを見せてくれないという監督の演出が共感を阻害するのだ。『告白』の女教師の心の奥底を実はうっかり描いてしまっているのに、そこに気づいてないような失態をここでもしている気がする。しかし、もしそれを描くことになったなら、主役以上の内面を持つ脇役っていうのはないだろうから、主人公の父と娘はそれ以上の内面が期待される。

主役の父親やヒロイン加奈子はどうかっていうと、このヒロイン加奈子が、予告編の高笑いの印象から期待しうるような、聖性を仮託する少女として描けていないというのは痛恨の極みではないだろうか。 要は観客が、加奈子のような美少女に翻弄されて破滅したいって思わせないとダメだと思うのだ。それは恋人の復讐や、両親への嫌悪という俗世の人間らしい心情からのスタートだったとしてもである。「加奈子は相手が言ってほしいことを言って誘い込む悪魔」だとか言っているが、役所広司の父親に「愛している」といって誘惑するものの、結局役所はノンケだったように見える。つまり父親の娘に対する密かな欲情を言い当てられたからこその、娘の正体を知りたいという動機なら良かったのに、それが違うんだったら、ただただ娘を心配する父親であり狂っているっていうよりむしろ正気で、それで娘を探しだしてから、次々暴かれる娘の正体に愕然としながら、どんどん精気が漲ってくるような印象なのも、その原動力が狂気よりむしろ正気なのだから、なんだか微笑ましい。それはそれでいいとしても、ヒロインのほうとすれば、聖性は一気に剥げ落ちて、見当違いのただの痛い子になってしまうではないか。それじゃみんなを狂わす聖少女としての魅力は台無しで、結局、聖少女に見えても、本当はふつうの女の子だったんだよ、という落とし前をつけてくれりゃいいものを、ここでも内面をスルーしてしまう。どうしてこの父と娘の交錯する内面を描かないのだろうか? 真偽は定かでなくていいのだ。そこにそういうものが紛れもなくあるのにスルーしていく姿勢がよくわからない。

監督はドラマから内面的な描写をとりのぞき、映像のインパクトだけで何かを語りたいとかそういう挑戦をしたかったのかも知れない。しかし、どんなにエグくって鮮烈な暴力を描いても、例えば「失いたくないもの」が奪われるとか「人が壊れていくところが堪らない」などのような恐怖や蠱惑といった心理(内面)が描かれなければやっぱり面白くないんだな、と改めて思った。ていうか、やはり観客は、加奈子という女の子の「なぜ」のような内面の謎をこそを見たいと思うのであって、クレイアニメがお互いをベシャっとつぶし合うようなものを見せられてもそんなには面白くはないのだ。オダジョーや妻夫木と対決する駐車場のシーンなんかは最高に面白かったけど、中谷美紀のころになると、もうスコップで殴るんだろうな、殴ってもまた立ち上がるんだろうな、という感じで、もうわかったわかったって感じだった。クレイアニメは、そのベシャっとつぶれる変形が面白いのであって人間のそういうのを見せることはさすがに付き合いきれないだろうし、実際そこまでは描いていない。

で、結局全体の印象としては、この話すべて心配性のお父さんが家出した娘を愛するあまり、悪い男と付き合ってるんじゃないか、薬とか売りとかやってるんじゃないか、って悪いほうへ悪いほうへと向かう妄想でした、って言われるとしっくりするくらいの夢のような話になってしまって、前の席にいた女子高生たちの観終わっての一言「結構エグかったね」ってスプラッタホラーを見たような感想になってしまうのもよくわかる。そういうホラーだって、結局は「自分が次に殺される」っていう心情への共感が肝でしょう。彼女たちが一番「うっ」って言ってたの、いじめられっこのボクが部屋の加奈子のスナップ写真を見ながらオナニーするところだったもん。映像のエグさよりも、共感しうる心情のほうがどうしても勝ってしまうものなのだろう。今のところ監督の挑戦は未達成だったが、それはそれで追求していってほしいとも思った。

(評価:★3)

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