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[コメント] 映画 聲の形(2016/日)

声を発することができる者は、声に出して言うことと声に出さないで思っていることを、使い分けている。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







主人公石田がヒロインの西宮といっしょにいるところに、石田に片思いしている植野があらわれて、かつていじめた相手とつるんでいるといって石田のことを「罪滅ぼしのつもりなのか」「マジうけるんですけど」といって散々ディすっていく。で、西宮は植野が石田に何を言ってたのか尋ねるのだが、石田は「別に何でもないよ」と説明を避ける。基本は悪口だし、さらにほんとうの悪口ではなく、嫉妬という感情を含んでいることも説明が難しい。聞こえない相手にだって「聞かせたくない」ことがある。何もかも声に出すことがコミュニケーションではないのだ、ということに改めて考えさせられる。そして聾啞のヒロインはこうしてまた何度となく疎外感を味わうことになるのだろう。

聾唖の少女だって「声を出していることが考えていることのすべてじゃない」こともある。手話やメール(昔はノート)などで、実況のようにその時その時の考えを逐一伝えてきてくれているわけではない。そんなことをしている人間などいないのに、聾啞の少女には無意識にそれを期待している。だから、石田がようやく苦心して回復しつつあった昔の仲間との関係を壊してしまったということを「死ぬほど」悔やんでいたことを周囲は気づかない。

われわれふつうに聞こえてふつうに声を発することができる人間は、上手に「声」を遮断して、当たり障りなく付き合う術を持っているんだなあと改めて思う。それってつまるところ他人に関心を持たないという生き方をするっていうことだ。高校に進学した石田が学校の廊下を歩く時、「耳をふさぐ」ポーズをとるところが象徴するように。

本作は、声を使わないことで逆に声を超えるコミュニケーションに支えられているわれわれのあり方、そしてそれに依存しているからこそコミュニケーション不全に陥りがちな我々に対して「声に出す」ことの大切さを訴えている。

原作では、二人をとりまいていた誰もが、実は「声を発することができていなかったのだ」というところにテーマがあって、聾唖のヒロインは、声を出せる者たちが「声を出さないこと」で行き詰まるコミュニケーション不全の姿をあぶりだす触媒となり、やがて二人を取り巻く友人たちが、隠していた本音を「声に出して」ぶつかりあっていくところまで掘り下げていく様が圧巻なのだが、映画はほぼ二人の関係の回復にのみ焦点をしぼっていてうまくまとまっていたと思う。

聾啞の少女をいじめてしまったことで、今度は逆にいじめにあう主人公が、再会した少女との関係を回復していく。いじめによって奪ってしまったヒロインの人生を取り戻すために生きようともがく主人公が、最後にたどりついた境地が、自分が彼女のために何かをしてあげるという関係ではなく、自分が生きていくための手伝いをしてくれる相手であることを彼女にお願いする。お互いが生きていくために手伝いをしていかないと成り立たないのが人間同士なんだな、と当たり前に思っていたことを、実はほんとは良くわかっていなかったことに気づかされる。そして彼女に手伝ってもらって学園祭のときにようやく「バッテン」をとることができるのだ。

バッテンがぺろっとはがれるところなどは原作どおりの絵なのだが、アニメで動くとやはり感動の度合いが違う。再生の一歩を祝福するかのように、お祭りの紙吹雪が散乱している地面を映す演出には思わず(声に出さないけど)うなった。多少やりすぎ感も感じたけど、池を泳ぐ鯉や、広がる波紋、空を横切っていく旅客機の「絵」や「音」で、「会話」のかわりにする演出の多用も意欲的なものを感じた。最初に書いた、植野が石田をディするシーンで「マジ受ける〜」とか言っている時の植野の後ろ姿の動きなんかは、こんな演技をアニメで表現できるのか、と驚嘆した。

これは一方的な思い込みだけど、最後にエンドクレジットで多くの人の名前がロールされていくのをみて、一人ひとりに名前があって、一人ひとりが自分と同じような人格をもち、周囲のそういう人格を持っている人間と関係を以って生活しているんだなあ、と思い、世の中ってそういうものでできているんだなあ、などと思ってしまった。

(評価:★5)

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