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[コメント] 散歩する侵略者(2017/日)

安部公房的な不条理劇に行かなくて良かった。長澤まさみが素晴らしい。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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「自由」「自分と他人」「家族」とかの言葉に関して、「それ、なあに?」と子供のような無邪気さで首をかしげる異星人たちが、「発信」や「取材」とかはふつうに理解してしゃべってる。具体性の高い言語のほうがむしろ習得しやすく、初歩的な言葉のほうが抽象性が高く取得が後回しになる、っていう解釈なのかも知れないが、「自分と他人」の概念がないものが「発信」や「取材」を正しく理解できるとは思わない。ご都合主義である。ここが気になるとこの映画は結構ギリギリアウトだと思う。バカみたいっちゃバカみたいなんで。こういうテーマは舞台で見せる演劇空間向き。現実的な背景がないようなところで演者の会話に集中して「この概念がなくなるとどうなるのか」とか思考実験を楽しむ作り。これを、創作表現としてはもっとも現実の空間や時間と密接で、抽象性から遠い映画で拘ると相当陳腐になると思う。そのへんをさらっとスルーしたのが良かったと思う。

本来のテーマを「深掘りしない」というレールを敷いたことが映画としては大事だったこと、それに一番寄与したのは長澤まさみと長谷川博己のキャラ作り。この2人がかなり強引に状況を飲み込んでくれることでストーリーの進行を妨げない作りになっている。特に長澤まさみ。こういう非懐疑的な凡庸で人の良いキャラを長澤まさみのように演技が特にうまいわけでもない俳優(悪口ではないです)が素の自分を生かして演じていることが凄くいいと思う。この映画の彼女の「徐々に状況を理解していく」プロセスがとても自然で一貫性がある。夫の浮気を疑うところから、迷惑、イライラを経てだんだん心配に変わって、というのが、今この段階の認知だったら彼女はどう振る舞うか、どういう言動を放つか、というのがほんとに破たんしていない。ほんとうに夫を愛している妻に見える。長澤まさみは、誰かを演じてるのではなく、自分がこの状況に置かれたらどうだろうか、の1点で芝居をしていたように思う。だからこそうまく行っていると思う。

この作品は最後の「愛」の概念の収奪と喪失の1点勝負だから、「ねえ、ねえ、シンちゃん、それあたしから奪ってよ。今あたしの頭ん中それでいっぱいなんだ!」っていうのが、それまでの彼女のキャラの積み上げの集大成としてなければいけないのが見事に成立していると思う。ラッキーといえばラッキーかも知れないが、長澤まさみさんというキャスティングの勝ち。たぶん育ちのよい素直な本人の人柄の良さそのものに「ただ単にこの人に愛されたい」と思わせるものがあったから、ああこの人の頭の中はためらいもなくそれでいっぱいなんだなあ、と思えたんだと思う。素直に演じる、ということのまさに好例。この人は演技達者ではないからか、エキセントリックなキャラを演じることが最近多いけど、そんなのよりこういうふつうの人を演じるほうがよっぽどいい。

「愛」についての牧師の概念よりも、ただただ一方的に相手に与えるだけの彼女のそれが圧倒的であるという結論は好き。とてもいいテーマです。

(評価:★4)

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