コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ゴッド・ブレス・アメリカ(2011/米)

一般人の勧善懲悪的なノリはもはや珍しくはないのだけど、典型的なヒーローヴィジュアルを用意していないところに、この映画の深いところがある。
BRAVO30000W!

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 この作品を観た人で『キック・アス』や『スーパー!』、古くは『フォーリングダウン』や『俺たちに明日はない』あたりを比較対象にする人は少なくない。作り手側も多少はそこらへんを匂わせることもしている。

 ただ、どこか中途半端だ。

 劇中に登場するテレビ番組もどこかチープだし、銃殺してもなかなか捕まらないし、出てくる人間たちもダメ人間設定以前に、とりわけメジャーな俳優たちでもない。単に予算がないのかなと思いながら見ていたのだが、最後のボニー&クライドを彷彿とさせるような終わり方ですべてがつながった。

 つまりは「正義とは思い込みでしかない」ということを痛切に皮肉った悲劇なのだ。

 表向きは「アメリカは腐った国になった」みたいなことを見せているが、それはキャッチーというかわかりやすい凡例という要素でしかない。多少は自虐的な要素もあるだろうし、社会批判みたいなフリをしているのかもしれない。だが、本質はそこではない。

 主人公はうだつの上がらない中年男だ。観客は最初のうちは多少同情はするかもしれないけど、こんな性格なら仕方ないよねと見る向きは多いだろう。なぜなら、主人公が言っている言葉はすべて正論ではあるけど実態が伴っていない。わがままな娘と美人の奥さんと別れたのはかわいそうだけど、その性格じゃ仕方ないよね、と大半の人間が思うだろう。

 そこにきてガンの宣告を受け、死ぬしかないと思っているところに、彼の「正義」に抵触する存在を発見してしまう。最初は懲らしめてやろうと思っていた程度かもしれないが、かつて軍隊にいた(あるいは徴兵?)頃の名残で「自分の身が危険だと思ったら発砲する」という流れで、セレブ女子高生を殺してしまう。本人としては望まざる結果だったのにも関わらず、それを見ていたかわいい女子高生から支持されてしまう。

 この女子高生も、どうやって彼を追いかけたのか説明はないけど(ひょっとしたら主人公が誘拐して、以降誘拐した側から捉えた勝手な視点と見ることもできなくもないけど、それはちょっと乱暴な解釈ではある)彼を強烈に支持する側にまわる。ここから観客の中にも彼女とシンクロして同情から支持する側にまわりかける人が出てくると思われる。

 その後、日常的な「悪」をささやかに始末していって、表向きははしゃがないまでも有頂天になりつつある主人公。幼いヒロインにカウボーイハット(保安官的な)が似合うと言われてまんざらでもない。

 ヒロインを演じたタラ・ライン・バーは公開当時18歳で、役柄の年齢とかなり近い。言い方を変えれば演技以上に「社会に出ていない未成熟の女子」を演じるのにうってつけである。  このヒロイン、後半になって主人公に語った身の上が嘘だったことがバレて、一度は捨てられるのだが、最後のシーンで再び合流する。

「God bless America」というフレーズは第二次大戦中に流行したケイト・スミスの歌がメジャーだが、その歌のざっくりした意味は「神よアメリカを守りたまえ」というものだ。それだからこそ、一見腐敗した「正義の国アメリカ」に活を入れるような内容にもとれるのだけど、結局主人公は終始自分の思い込みで自分なりの「正義」を貫いただけで、それを純粋無垢な子供が後押ししたからエスカレートしてしまっただけのことなのだ。

 最後には一方で「純粋無垢」の象徴である発達障害のアイドルが、自殺をしようとした本当の理由を語った瞬間、主人公の「正義」はただの「思い込み」でしかなかったことが証明されてしまう。そして、正しいはずの主人公は今までの殺戮行為を断罪されるように、ヒロインとともに警官隊からハチの巣にされてしまう。

 ただぼんやりと見ていると、「結局主人公はダメ人間だな」と思う人もいれば「あともう一息で幸せになれたかもしれないのに」と思う人もいるかもしれない。それと同じような相反する「思い込み」がアメリカでも錯綜しているのだろう。もはや数の論理というか、多数派に賛同した方が勝ちみたいなことでは済まされない。マイノリティはマイノリティで牙を剥くみたいなことが発生しているのかもしれない。それも対国外との争いだけではなく、国内でも様々な矛盾が生じている。

「神よアメリカを守りたまえ」

と俯瞰して見ているであろう神にすがることしかできない。

 なので、私はこの映画を社会批判作品とは観られず、「この国では毎日子供が飢餓で命を失っています」みたいな呼びかけと似たようなものを感じた。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。