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ジェリーさんのコメント: 点数順

★3メッセージ(2016/米)彼らの描く表意文字へのSF的興味より、同一事象に対する人類の対応のダイバーシティ性に関心が向く(ように作られている)。俯瞰された人類の実態と人類への期待とが共に描かれ主題は好ましい。しかしいくらなんでもここまで説話の時制が複雑だとフラストレーションが溜まってしまう。観客に聡明さを求める作品に魅力は感じない。[投票(2)]
★3ラストレター(2020/日)これは真っ向から「供養とは何か」を追求した映画ではないか。死後になってでもいい、その人のメッセージを真摯に受けとめてあげること。その人の存在した事実について語り合うこと。抹香臭さを微塵も漂わせない優れた手腕。大根フクヤマのマイナスをトヨエツのコクがカバーした。[投票(2)]
★3スター・ウォーズ 最後のジェダイ(2017/米)「有る」という以外この映画、コメントのしようもなくなった。キャラの創出と清算に関するためのなさはシリーズ通じて相変わらずだ。[投票(2)]
★3殿、利息でござる!(2016/日)普通「劇的でない」ことは劇映画にとっては致命的なのだが、本作は例外。この登場人物たちの取り組みのヒューマニスティックな重さを、駘蕩とした演出であえて軽く表現したことで、日常的な営為がもつ、劇的な営為が束になってもかなわない重要性を示しえたのはお手柄だ。 [review][投票(2)]
★3プロヴァンスの贈りもの(2006/米)意外にも、ダグラス・サークが活劇作家であると同じ意味合いでこの作品のリドリー・スコットも活劇作家であった。コンパクト・カーの運転、プールの注水、テニス・コートの試合、野外映画館のデートの動的な描写の巧みさを楽しめたのは眼福というもの。 [review][投票(2)]
★3ギャング・オブ・ニューヨーク(2002/米=独=伊=英=オランダ)構想力の弱さを逆手に取った奇想の傑作『タクシードライバー』以降、同じ手は二度と使えず、構想力の弱さを露呈し続けてきたスコセッシの正味の限界線を示す力作。パラノイアックでバランスが欠如するゆえに強さを獲得した人物というキャラ造形パターンは今後も変わらないだろう。[投票(2)]
★3ワイルドバンチ(1969/米)血が噴出す瞬間が見たい。素朴な窃視趣味にシンプルに応えた快作。暴力描写の映画史に必ず名前の挙がる映画としてこれからも記憶され続けよう。しかし本作ほど枝葉末節部分がへたな映画も珍しい。オヤジギャグのようないたたまれなさが幹の部分の凄惨さを微妙に中和する。[投票(2)]
★3わたしの願い(1953/米)ダグラス・サークの演出力のすごさが、重要な舞台であるマードック家の居間に集約的に顕れる。緻密な撮影プランのもとに居間セットが巧みに構想されている周到さに感動せずにはいられない。一見不自然な中二階構造が屋内撮影の画角をとても多彩にした。 [review][投票(2)]
★3切腹(1962/日)状況の映画であって行動の映画ではないので、あまり想像力を活性化しない。観客の感情を強引に統率しようとする小林正樹には、合目的的でない演技者を描く余裕がない。『椿三十郎』における筆頭家老の妻のような人物の登場で、映画に知的な豊かさがもたらされるのだが。[投票(2)]
★3プリースト判事(1934/米)米国南部人たちにここまで肩入れする必要などアイルランド人ジョン・フォードにはありはしない。しかし、辺境人ジョン・フォードとしては、米国南部人たちに仮託して自分が自分であることの喜びを謳歌する人たちの美しさを描きたかったのだろうと察する。 [review][投票(2)]
★3アルカトラズからの脱出(1979/米)色彩と明るさの節約が逆に新鮮に映り、1970年代の刻印紛れもない。しかも指先の動きをクローズアップしてカットインアクションでつなぐ緻密さや、俳優の顔への照明の当て方の彫り深さは、今日のハリウッドの撮影、編集技法の直系ご先祖というべき先駆性がある。[投票(2)]
★3コマンチェロ(1961/米)アクションの連続だけが西部劇ではないことを実証したスクリューボール西部劇。色恋の緩さとアクションシーンのテンションの高さのメリハリがよく、落馬シーンはこの映画の白眉といえる。そしてこの映画で新たに発見したことはマイケル・カーティスの距離感であった。 [review][投票(2)]
★3夕陽のガンマン(1965/伊=スペイン)状況がストーリーの運動を生む正調ハリウッド西部劇と異なり、本作では自己陶酔的な登場人物自らがストーリー源となってクライマックスに向けて自分を追い込んでゆく。相手の要る性交以上に完璧な、白昼の自慰夢想のようなウエスタン。でも好きなのだ。作りが過剰に丁寧。[投票(2)]
★3フランケンシュタイン(1931/米)カール・レムリはあまりにも先駆的な怪物の創造を成し遂げてしまった。ド下手なカットつなぎも、主役のコリン・クライブの一本調子の演技も帳消しにするボリス・カーロフという希代の逸材の登場と、怪奇映画の伝統を綺麗にひっくり返して見せたあのシーン。 [review][投票(2)]
★3パッション(1982/スイス=仏)映画制作、三角関係、職場闘争、という程度にはテーマとしてくくれるが決して意味総体を表わさない発端も終結もない分節化された断片を提示しながら、映像と台詞を微妙にずらしたり、吃音や東欧への関心を不意に表面化させるあざとさは、映画という世界に別の鉱脈を発見して見せた一級の山師らしい仕事振りだ。[投票(2)]
★3ワルキューレ(2008/米=独)信管の差し込まれたプラスチック爆弾はいつの時代でも映画の最高の主役なのだから、小味の利いたサスペンスフルな場面がもっとあってよい。綾のない一本調子のストーリーテリングが残念。しかし人物一人一人の描き方はかなりいい線である。たとえばヒトラー。 [review][投票(2)]
★3毒薬と老嬢(1944/米)人物造形の趣味悪さは、カルト映画の域。実はフランク・キャプラの他作品でも奇天烈性のレベルの相当に高い登場人物が時折登場する。不具不能ゆえに立っているキャラクターというのがキャプラ的人物の本質。ヒューマニズムの裏側には残忍さがはりついている。[投票(2)]
★3おしゃれ泥棒(1966/米)ウィリアム・ワイラーが、オードリー・ヘプバーン の30代としての魅力を引き出すべく己の持てる技巧の全てを駆使した作品。肉感のない(失礼)はずのオードリー・ヘプバーンの肉感を清潔に(ここがポイント)引き出すために、掃除用具倉庫の狭い暗がりを持ち込む設定は、女優の個性に即した演出の教本だ。 [review][投票(2)]
★3シンドラーのリスト(1993/米)銀幕から観客に向けて真正面に照射される、目のくらむようなスピルバーグ的「光」に誓って、不用意に戦争悪だの、一人物の善行などという言語化可能なテーマ形成を慎もう。生きながらえたことを判った瞬間のユダヤ人たちの安堵の表情だけを我々は心に想起すべきなのだ。[投票(2)]
★3フラワーズ・オブ・シャンハイ(1998/日=台湾)溝口的状況がジョルジュ・ド・ラ・トゥール風の切り詰められた光の下で展開される。溶暗と溶暗の間のワンカット室内撮影、演技者は食卓にたむろし煙草を吸い茶を飲むことしか許されないという過酷な条件下で、遊郭の奥深い人間関係と歴史が玲瓏と肌理細やかに浮かんでくる。[投票(2)]