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[コメント] 弥太郎笠(1960/日)

隠れた傑作。マキノ正博の脚本の把握力、ストーリー全体の構成力、観客のエモーションのマネジメント能力、編集の簡潔性と画面転換の的確性に加え構図、明暗、カッティング・イン・アクションの正確さどれ一つとっても並ぶもののない才能が煌く。
ジェリー

子母沢寛のこの原作、7回も映画化されている。最初の映画化は稲垣浩。このあと、松田定次森一生も一度ずつ単独で監督しているが、そのほかの4回はマキノ正博の映画化である。(一度だけ松田定次も共同監督として加わっているようだ)1936年、1952年、1955年、1960年に作られているようで、そのうちの1955年は『りゃんこの弥太郎』という名前がついている。本作は、最後のマキノ版『弥太郎笠』ということになる。よほど気に入った原作でない限り、4回も映画化することはありえないだろう。本作を観る限り、マキノ正博が心底原作にほれ込み、大いに楽しんで制作している雰囲気が伝わってくる。

マキノ作品の多くがプログラム・ピクチャーである。本作もキャラクターの類型性や限られたセット数などがいかにもプログラム・ピクチャーらしさを感じさせるのだが、プログラム・ピクチャーの作りをしたとしてもここまで撮れてしまうということが驚異である。時代劇の華ともいえる殺陣など、この上ない派手さなのだが、よく見ると手数はそれほどかかっているわけではない。演出の経済という点で言えば本作は最高峰に位置する。ウォルシュ、ワイルダーや山中貞雄がこうしたラインにある監督で、対極にあるのがワイラー、ヴィスコンティや黒澤明だろう。

昨今の演出スタイルが後者に傾いてしまい、今や演出の経済を語ることができなくなったのは、映画企画のあり方が大きく変わらざるを得なくなった事情と密接に関係していると思う。端的にいえばプログラム・ピクチャーで集客できなくなった映画産業の構造的事情(娯楽産業における映画産業というポジションの低下)にある。こうした状況下で、ある種野暮なくらい丁寧な描きこみがないと、映画は理解されなくなっている。見巧者が消えてしまった時代、それが今の映画産業のおかれた環境である。

さて実に7回も映画化された本作の脚本は正直申し上げて通俗的だが、プログラム・ピクチャーに相応しいコンパクトさがある。現代劇風の人間なぞ出てこない。というか徹底して類型化された、通俗劇の中にしか存在しない人物しか登場しない。しかし、マキノにとってはそれでよいのである。その通俗的な人物たちがストーリーラインに沿って喜怒哀楽の感情を観客にたたきつけてくる。その機能さえ果たせばよいのである。このプロセスの無駄のなさを我々は堪能すべきである。特にけにろんさんご指摘の通り、後半の凄まじい立ち回りシーンにおける主人公のモチベーションの土台を創り上げる、弥太郎とお雪の再会シーンなど、演出もうまいのだが脚本がうまいのである。このあたりの簡潔かつ省略の利いた手運びは、サイレント映画作家の世代で立ち消えになってしまったとつくづく感じる。黒澤や木下では、この味を出せない。

シンプルなストーリーラインであるがゆえに、装飾の枝葉はかえって繁茂させやすい。艶な狂歌を織り込んだり、オカメ・ヒョットコのお面をもちこんだり、祭囃子と踊りを導入したり(北野の『座頭市』はこれを真似たのか?)、ストーリー転換のよいところで任侠ものらしく博打を持ち込んだり、観客を飽きさせない演出が続く。

そして、こうした企画を実現させるための撮影や照明、美術といった職人芸が実に輝かしい。カッティング・イン・アクションは瞬きを忘れさせるくらい正確である。立ち回りシーンで特に顕著となる。そして、近景を暗めにし奥行きの奥側に明部を形成する光線処理で上州の田舎宿場の暗さを醸しながら、一方でバストアップあたりの中村錦之助丘さとみらスターを撮影するとき、彼らの輪郭をくっきりと際立たせる照明技術は、薄ぼんやりとした中庸さを旨とする日本時代劇映画の照明とは一線を画し、ハリウッドの、たとえばコロンビア映画のフィルム・ノワール系のテイストを想起させもする。マキノは本作が時代劇である事を忘れてしまっているのではないかと思うくらい、バタ臭い。しかしそこが垢抜けておしゃれだと感じさせる。キャメラワークは、おそらくドリーではなくクレーンだとも思われるのだが、派手さはないが流麗かつ変幻自在で、いずれも脚本の簡潔さをうまく補填しつつ、演出の経済を強力に後押ししている。

マキノ正博を日本映画演出の中心点と仮設する映画談議がもっとあっても良いような気がする。没後○年という企画が立てられているのは、ミゾグチやオヅやクロサワなどカタカナ化した映画作家ばかりである。ちょっと寂しい。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)ゑぎ[*] ルクレ けにろん[*]

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