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[コメント] ギター弾きの恋(1999/米)

饒舌で知られる監督の得意とするのは実は沈黙なのかもしれません
minoru

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







アフォリズムをひとつ

「人には沈黙する理由が二つある。一つは完全な幸福に包まれたこと、もう一つは完全な絶望に覆われたこと」

この監督が饒舌なのは最後に待ち受ける沈黙をより効果的に演出するためなのかもしれません。 そのテクニックが鼻につくときもありますが、この映画では成功していると思います。

沈黙といえば、口のきけないハッテイは幸福そのもののような存在として画面にあらわれます。 再会の場面で、エメットの目を通して見る彼女の無垢な表情によって、彼女が理由もなく幸福な存在であることを否が応でも再確認させられます。彼女の沈黙は幸福を身にまとった存在が持つ沈黙でしょう。一方ギター弾きの最後の沈黙は絶望に覆われた存在の沈黙かもしれません。

彼女を捨て去る場面をあっさりと省略し、その別れをセリフひとことで済ませてしまう演出は手慣れたもので、その唐突さが見るものに彼女の不在をより印象づけることもよく計算されています。

アフォリズムをもうひとつ

「「聞かせてあげる」が「聞いてほしい」に変わったとき、音楽家はほんとうの音楽を手に入れる」

ギター弾きはほんとうの音楽を手に入れかけたとき、つまり「聞いてほしい」ひとの存在に気がついたとき、その存在を失ってしまいます。だからそれ以降彼にとって音楽は何の意味もないものになってしまったのかもしれません。「音楽で大切なものは鳴る音ではなく、無音の時間だ」というアフォリズムもあります。その無音=沈黙が、限りない幸福か限りな い絶望からやってくるということを知ってしまったものが真の音楽家になれるのかもしれません。

音楽家を主人公としても「海の上のピアニスト」のように胸焼けのする「心の内面」とやらをそれらしく語ったりはしません。シニカルなユーモアとソフィスティケートが「ニューヨーカー」の「粋」なんだろうとひとことで片付けるのは簡単ですが、映画の中で「これは絵空事なんだよ」とささやきつづけながら、実は恥ずかしくなるほどの「愛」と「絶望」が思わず映画になってしまったようです。

(評価:★4)

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