[コメント] ロスト・イン・トランスレーション(2003/米=日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
■舞台は東京。ウィスキーCMの撮影のため来日した、人気が落ち始めた中年のアメリカ人俳優ボブ・ハリスと、同じホテルに滞在するアメリカのフォトグラファーとその妻、シャーロッテ。せっかくの日本滞在にも関わらず、夫は仕事に追われる毎日で取り残された気持ちと孤独感を抱えるシャーロッテと、同じく孤独感を抱えながら異国の地での撮影期間を過ごしているボブの交流を軸に、文化論的な面や現代社会の抱える個人主義の問題にもアプローチしている。
■外国人から見た「東京」というのがおもしろく、日本の映画に出てくる新宿・歌舞伎町といったら「汚い、危ない、ヤバイ」のオンパレードで実際に歌舞伎町はお世辞にもキレイとはいえない街なのに、この映画では歌舞伎町がとても鮮やかに輝くように映されている。ドン・キホーテの看板なんかも日本人にとっては見慣れたものだが、むこうの人から見たら物珍しいのか強調されて映っていた。そして特筆すべきなのはその東京がリアルだったことだ。「外人から見た間違った東京」ではなく「外人から見た(日本人の視点からは普段気づけない)リアルな東京」がこの映画には映っていた。これはすごいことだと思う。
■また、この映画においての批判の声として「日本文化の否定」だとか「日本人を馬鹿にしている」などといった意見が多いようだけれど、そういった観点からしかこの映画を見れない人がいるのかとやや唖然としてしまった。この映画は決して日米文化の違いを撮りたかったわけでもなく、日本を馬鹿にしようと撮ったものではないことはちゃんと観れば明らかなことだ。
■文化・言語が全く異なるにも関わらず、アメリカの都市と全く変わらない風景、東京。その地において「周りに何もない、誰もいない寂しさ」ではなく「人がいすぎる中、何もかもがある中での寂しさ」を抱えた男と女のlost in translation−翻訳の中で失われる、言葉ではない心での交流がなによりもこの映画の見所ではないかと思う。最後の二人の別れのシーン、二人とも何かを囁きあっているが、クライマックスにも関わらずその言葉を観客は聞き取ることができない。この映画のテーマを象徴しているかのようなシーンだ。「言葉ではない何か」が満載の文化論的な面からみても、コミュニケーション論的な面から見ても優れているだろう、素敵な映画だった。
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