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[コメント] 誰も知らない(2004/日)

誰も”泣かない”のか、それとも”泣けない”のか。
町田

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







演技者の演じることへの照れが、母の「良き母を演ずること」への、長男の「良き長男を演ずること」への照れと完全にリンクしていて、見てるこっちまで恥ずかしいような、いたたまれないような、そういう種類のリアリティである。

あの母親は、勿論、子供達のことなんかちっとも愛してはいないのである。彼女が子供達に贈るお土産や、おもちゃや、お年玉なんかは全て、彼らを愛していないことの証明だ。それは子供達を愛してやる代わりに為された代償行為であり、自分自身に対する弁明だ。好きか、嫌いか、と云えば、当然断然好きだし、責任も良心の呵責も感じているけど、親が子を愛する、というのはそういうことではない。愛してないことはない、でも其処が自分の本当の居場所だとは到底思えない、悪いのは私ばかりじゃないんだし、私が犠牲になるいわれは無い、とそんな風に考えていって、無意識のうち子供達を生贄に捧げてしまったのだろう。

長男はそういう母親と、愛し合ってるふりをする。嫌いじゃない、むしろ大好きだけど、全部は任せられない。全部は云えない。多くは求めない。しつこくねだって嫌われるのは怖い。そう、遠慮である。だから照れ笑いが生じる。自分と居てくれることが不思議で、嬉しいから照れる。それは愛というよりは、片思いの恋なのではないか。(彼は後に、同年輩の少年たちからもフラれてしまう)

長女と母親の関係は、もう少し微妙だ。魅力的な女性、母親のようになりたいという憧れと、私にそういうふうに振舞えるだろうかという不安。(嫌悪感は無いようだ。)マニキュア、ピアノに炊事洗濯、女性的な振る舞いを努めて続けていなければ、私は私が女であることすら忘れてしまうのではないか・・・?彼女の主役にしてもう一本、別の映画が出来そうだ。

といったような細部のリアリティも然ることながら、この映画で俺が最も気に入った点というのは、やはり感覚の今日的なこと、ここに尽きる。

YOU演じる母親の描写にしても、妹の死に直面したときの兄弟の反応にしても、それを打ち明けられ行動を供にした少女の表情にしても、俺が27年間生きて来て、目にし、耳にし、感じてきたものと、本当に良く似ている。誰も泣かないし、死者さえ血を流さない。

小学校2年のある日、母が死んだと電話で知らされたとき、俺は泣かなかったし、下手をすると驚きもしなかった。大好きな志村けんの番組の方を気にしていたのだと思う。その翌年、父が腰骨を折って入院し、兄と二人で半年間を過ごすことになったときも、勿論、不安にはなったが、それ以上に自由な時間を楽しみながら過ごしていた。二人して夜更かしして見たドラゴンズ優勝記念番組「星野仙一物語」に痛く感動したことを良く覚えている。高校生に成ると今度は母方の祖父が危篤になった。ベッドの上で小さくやせ衰えた元軍人の祖父が「みっともない姿を見せてすまない」と呟いたとき、俺は俺もみっともなく泣けたらどんなにいいだろう、と思ったが、やっぱり泣くことは出来なかったのだ。

俺たちは、悲劇に慣らされてしまっているのだろうか。それともただ単に感覚が麻痺してしまっているだけなのか。とにかく予め使い古された感情表現を、不意にその場面が訪れたときに、使ってあげることがどうしても出来ない。とても照れるし、恥ずかしいばかりでなく、どこかしら不自然で、欺瞞的なことだと感じてしまう。

俺は、俺が”泣かない”のか、それとも”泣けない”のか、未だに良く判らない。

(評価:★4)

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