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[コメント] 生きる(1952/日)

脚本家・小国英雄と黒澤ヒューマニズムの完成。
町田

若い頃はプロレタリア芸術運動にも参加していたという黒澤明監督ですが、キャリアの初期に於けるその思想性は曖昧かつ脆弱で、”とにかく映画を撮りたいんだ”という若い気概に流されてしまったのでしょうが、戦時は軍部情報局の、戦後占領期はGHQのご機嫌を伺いながら、と繰り返した変節は、島津保次郎を引き合いに出して糾弾しようなどとは思いませんが、けして”高潔”であったとはいえません。

芥川龍之介の原作を、自身の天才的映像センスに、宮川一夫以下大映の最強スタッフ、ロジカルな橋本忍脚本、三大名俳優を加え映像化し、外国映画祭でも絶賛された『羅生門』にしてもラストシーンで詰め甘さが露呈、監督の狙った芥川文学、芸術至上主義的傾向の強いとされる、のヒューマニズム的解釈は、その意図の是非についてはここでは触れませんが、明かな失敗に終わったと断言できましょう。

そこで迎えられたのが青年期に武者小路実篤ら白樺派文学に転倒していたという脚本家小国英雄。そして『生きる』が生まれます。

志村喬演ずる主人公は自身に残された僅かな時間を、他人のため社会のために費やしたいと願う。これを以前の黒澤であれば、滅私的・自己犠牲的な英雄として如何にも説教臭く描いたことでしょう。しかし今回は違いました。主人公は、多くの方の指摘する通り、自分自身に為に自分自身の意思で行動するのでありました。自身の為と言ってもけして功名心のためではない。自分自身の絶対的価値を高めるために行動するのであります。

橋本忍の構成力に小国英雄の理路整然とした精神性を得た『生きる』の物語は、文学/芸術性・娯楽/話題性と社会性を兼ね備えた「黒澤映画」の最初の完成形といえましょう。

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ここからは個人的なハナシ。私は明かに芸術至上主義者的傾向、白樺派の重鎮・志賀直哉が嫌悪するところの、が強く、社会に対する感心は希薄であります。その上徹底的な反権威主義者であります。そんな自分には、如何に技術的完成度が高かろうが、ねっからの黒澤信奉者になる資格などありはしないのです。

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しかし更に付け加えるならば、現在、日本人にもっとも欠如しているのはヒューマニズムであります。様々な国外の問題を論じるときに常に何の疑いも無く「国益」を斎優先させ、ヒューマニズムはカビの生えた感傷主義だと揶揄する。自国の安全保障や経済の安定のためのとあらば、中東の罪無き貧乏人の巻き添えの犠牲も已む無しとか、我が同名国は確かに狂っているが従っておいた方がオトクだとか、殺しても壊してもあとで復興支援すりゃいいじゃないとか、とにかく損得勘定が全てである。僕のような人間でも流石にこれは引いてしまう。美しくも何ともないからです。

ここは一番、我が憎きヒューマニズムにもう少し頑張って欲しい。日本中を悲痛なジレンマに陥らせて頂きたい。黒澤明のような人物にいま一度登場して頂きたい。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)死ぬまでシネマ[*] けにろん[*] 新人王赤星 Linus

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