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[コメント] ライブ・フレッシュ(1997/仏=スペイン)

アルモドヴァルのブックカバー。
町田

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







本作には、アルモドヴァルと同じスペイン人の巨匠、ルイス・ブニュエルの『アルチバルド・デ・ラ・クルスの犯罪的人生』が大胆に引用されており、いきなり訪れる犯罪悲劇の展開部と珍妙なシンクロを見せる。かくいう私は、ブニュエルのオリジナルは勿論のこと、日本の塩田明彦が同じように下敷きにしたという『ギプス』さえも未見なので、深い言及は出来かねるのだが、『オール・アバウト・マイ・マザー』での『イブの総て』や、最新作『バッド・エデュケーション』での『Esa mujer』 (マリオ・カムス監督/’69年/日本未公開/IMDBでも未採点の激レア作品)と連ねて見れば、これらが単なるお遊び、エスプリの効いたサジェスチョン(或いはミス・ディレクション)以上の意味合いはないものと考えても大した間違いはなかろう。

さて映画である。アルモドバル映画のファーストカットだ。今回は、傾いたカメラから八つの羽のある星型のクリスマス飾りが徐々に映し出される。素晴らしい導入部だと思う。ここで私が賞賛しているのは、この星の画が持つ視覚的インパクト、それ自体のことではない。アルモドバルに「映像センス」が備わっていることなど周知の事実だからだ。私はむしろ、この星が暗喩的小道具として物語に及ぼす効能、悲劇的に展開するストーリの最期に再臨する希望の光としての効能を、アルモドバルが十二分に意識し、的確に印象付けることに成功した、その監督手腕、構築力に舌を巻いているのである。『殺人の追憶』しかり、振り返りながら膝を打ち、感激出来る映画をこそ、私は愛し尊敬する。

この映画には更にもう一つ、傾聴すべき重要テーマが隠されている。それは「待つ」ことだ。我が国の使い古された格言「果報は寝て待て」が、スペイン圧制時代を背景に、非常な説得力を以ってとっくりと語られている。やけに頻繁に取り交わされる「もう少し待って」「待ちきれない」などの台詞や設定を訝るうちにそう思うに至ったのが、復讐を決意しながらもそれを踏み止まっていた「受刑者」ヴィクトルに、最期の最期で褒賞が与えられるこの物語の帰結を、そのままスペイン現代人に当て嵌めることは果たして突飛過ぎる妄想だろうか?フランコ政権下でひたすら耐え、命を粗末にすることなく生きながらえた市井の人々、この映画は、そんな彼らに与えられた「褒賞」、自由の証なのではないか?少なくとも私には、そう思えてならない。

さて、家で偶然積読になっていたルース・レンデルの原作「引き攣(つ)る肉」を、まずほんの導入部だけ読んでみたのが、ヴィクトル(原作ではヴィクター)の出生に関するバスのエピソードに付いて記述がなかった。あらすじ欄にも「ヴィクター、彼に打たれ半身不随になった刑事、その美しい恋人、三人に生じる奇妙な運命の糸」とあるから、おそらく、映画の大筋以外の主要部分、特にメッセージ部分については、アルモドヴァルの創作によるものが大きいと思われる。即ちこれは、アルモドヴァルによるアルモドヴァル映画、スペイン人によるスペイン映画なのである。今後、原作を読んで特に気ついたことがあれば追記したいとも思うが、

「君は幸せだよ。(車は込んでいるけれど)僕が生まれた頃に比べれば人がたくさん居る」

これ以上に希望に満ち溢れた台詞は発見できないと思う。

(評価:★5)

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