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ぽんしゅうさんのコメント: 更新順

★5マルリナの明日(2017/インドネシア=仏=マレーシア=タイ)巻頭音楽はなんと、ワルツ。ミイラ、生首、妊婦という究極のタナトスとエロスが当然のごとく“そこ”にあり、一軒屋内の小津視線は家族の自縛を、射るようなシャローフォーカスは強固な意志を、視線の主が存在しないかのような引き画は世間への諦観を思わせる。 [review][投票(1)]
★3居眠り磐音(2019/日)幼なじみのアヤの面白さと、書き言葉まんまの台詞の臭さは原作の“おかげ”だとして、芸達者な役者さんたちが、てんでばらばらにお芝居をするものだから映画のトーンが定まらないのは演出の責任で、その分割を食った薄ら笑いのヒーロー松坂さんが霞みっぱなし。 [review][投票]
★3ドント・ウォーリー(2018/米)少数者の苦悩に向けられるG・V・サントの視線は相変わらず優しい。ただ、期待した主人公(J・フェニックス)の「アルコール依存」の「身体障害者」で、周囲には「傲慢」で世間に「辛辣」な風刺家という心身の“複雑”な葛藤はさらりと流され、ちょっと肩すかし。 [投票(1)]
★3特急二十世紀(1934/米)劇作家特有の現実を虚構で誇大化するジャフィ(J・バリモア)の性格が滑稽な“憎めなさ”ではなく“狡猾さ”に見える。役柄のオーバーアクトが本編との境界を曖昧にするからだろう。その分笑いの「数」で損ををする。空間への巧みなキャラの出し入れはさすがホークス。[投票]
★4ナポリの隣人(2017/伊)辛苦と希望が交差する過去の思いが詰まっているだろう「消防車の玩具」への男の回帰願望が痛々しく切ない。作中で語られる“人はどこへ行くかが重要ではなく、どこへ帰るかが大切なのだ”という言葉の含蓄に深くうなづき、終幕の“そっと握られた”祈りに感銘する。[投票]
★4港々に女あり(1928/米)オランダの子だくさんに自転車ナンパ娘。リオや中米の蓮っ葉な酒場女。対照的な母子家庭婦人。なんと言っても(篠田麻里子似の)小悪魔ルイーズ・ブルックスの蠱惑な容姿。武骨な男どもと対比するように丁寧に描き分けられた女たちのキャラがみんな魅力的。 [review][投票]
★3シャザム!(2019/米)てっきり“子供だまし”をネタに、アメコミのワンパターンを皮肉るコメディだと思い込んでいた私の早とちりを嘲笑うように、中盤以降はお約束のヒーローストーリーを邁進し、終わってみればディズニーもどきの人畜無害ぶり。またも“子供だまし”最強説に屈する。 [投票(1)]
★4魂のゆくえ(2017/米=英=豪)スタンダードサイズに切り取られた画面に熱量はなく寒々しい。牧師(イーサン・ホーク)は周りの者たちから、調子はどうだ(大丈夫か)と声を掛けられ続ける。彼の顔に生気はなく、どこで何を間違えてしまったのだろうという“戸惑い”が貼り付き強張っている。 [review][投票(1)]
★4幸福なラザロ(2018/伊=スイス=仏=独)所有せずにはいられないという人間の業をラザロの「透明さ」が私に突きつける。たいていの者は、身の丈に合った衣食住では満足できず、それ以上の“所有”を追求することが“幸福”の証しなのだと疑わず、むしろその欲求の表出を向上心という美辞を使って肯定する。 [review][投票(1)]
★3愛がなんだ(2018/日)人には二つの目玉以外にも“心の目”のようなものがあるとして、人それぞれに見えていることを、みんながみんな正直に言葉や態度に現すと、きっとこの物語の登場人物たちのように、じれったさと苛立たしさだけが人間関係の「すべて」になってしまうのでしょう。 [review][投票(1)]
★3遊星よりの物体X(1951/米)1935年の原作から南極が北極に探検隊は軍隊に置き換わり、科学者もジャーナリストも意見や要望は口にするが、あくまでも国家機構の配下を逸脱しないとろに冷戦時代の要請が滲む。怪奇SFの王道シノプシスはこうして“その時代”ごとに受け継がれていくという見本。[投票]
★4麻雀放浪記2020(2019/日)控えめな亡霊のように姿を現す“あの国立競技場(ザハ・ハディド!)”がツボにはまり、楽しんだもん勝ちと割り切り、この無茶ぶり映画に付き合う覚悟を決める。後は繰り出される皮肉、嫌味、揶揄、自戒まみれのパロディ(オマージュ?)の連発に終始苦笑しっぱなし。 [review][投票(2)]
★4バイス(2018/米)この喜劇、コケにされて笑われるのは大衆を馬鹿にするラムズフェルド(S・カレル)と大衆から馬鹿にされるブッシュ(S・ロックウェル)、そして馬鹿な(私たち)大衆。チェイニー(C・ベール)の自分&家族至上ぶりは、あまりに“馬鹿”正直すぎて笑えない、という苦笑劇。 [review][投票(2)]
★3ぼくの好きな先生(2018/日)この画家はよくしゃべる人らしい。さらに、編集でその饒舌さが強調されるのだが、発せられる「言葉」に大した意味も力も感じなかった。多弁は自らまとった「鎧」なのだろうか。前田哲監督は、この画家の「言葉」の軽さについて、どう感じていたのだろうか。 [review][投票(1)]
★4メアリーの総て(2017/英=ルクセンブルク=米)メアリー(エル・ファニング)は“抑圧”に対して戸惑いはみせても、決して悲嘆や諦観に押しつぶされたりしない。彼女は後天的な“理屈”の抵抗者ではなく、生来の“生理”に素直な正直者なのだ。矛盾を沸々と発酵させる醸造力もまた創造者の資質なのだろう。 [review][投票]
★3きばいやんせ!私(2018/日)周防正行的うんちくや矢口史靖的解説の伏線は最小限に、いささか強引に、クライマックスの「祭り」をドキュメンタリー的情感だけで押し切ってしまう。これが足立紳 脚本と武正晴演出の戦略なら、もっと撮影(画面)には突出した力が欲しかった。 [review][投票]
★4金子文子と朴烈(2017/韓国)日本否定につながるような言説がありながら「反日」やら「嫌韓」といった粗雑な感情が起きないのは、国家ではなく、まず個人ありきの姿勢が貫かれているからだろう。国民感情などという思考狭窄をさらりとかわし万国共通の抵抗者の矜持を示す、しなやかな映画。 [review][投票]
★4太陽はひとりぼっち(1962/伊)希望が失せたから欲望も消失したのだろうか。欲望がないから希望が見えないのだろうか。この女(モニカ・ビッティ)の虚無は、実体なき「希望」に盲進する証券取引所の「欲望」の空騒ぎとコイン(時代)の表裏なのだろう。鋭利な直線が強調された画面が印象的。[投票(2)]
★3何がジェーンに起こったか?(1962/米)カットによって形相(メイク)が変るB・デイヴィスの変態ぶりは良くも悪くも“ゲテモノ”と紙一重。サスペンスにはちょうど良い長さというものがあるもので“凄味”にも節度が必要。閉塞から海辺への展開は見事だが“哀愁”には手遅れの感。あと30分短くても充分。[投票(1)]
★3ブラック・クランズマン(2018/米)差別されているのは黒人だけではない。問題の本質は黒人差別という限定的状況ではなく、白人至上主義という根拠なき偏狭を利用した実体のない優越感の連鎖にあるのだ。すべての被差別者は連帯せよ。無知と沈黙は敗北なのだ。スパイク・リーは、そう挑発する。 [review][投票(2)]