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[コメント] 虹の女神(2006/日)

鈍感なのか鈍感なふりなのか分からぬ男を前して、ため息まじりに男を突き放す女は潔いのか潔いふりをしているだけなのか。そんな、初々しくもやるせない上野樹里市原隼人の関係は、どこにでもある、誰しもが経験する若い恋の典型だと思う。
ぽんしゅう

スイングガールズ』や『亀は意外と早く泳ぐ』以来、他の映画やテレビドラマでコメディエンヌぶりを発揮する上野樹里より『ジョゼと虎と魚たち』で演じた、どこにでも居そうな生真面目で、頑なで、不器用な「普通」の女の子を演じるときの彼女の方が私は好きだ。きっと上野自身も、そんな女の子なのだろう。

もうひとつ、地味な演技だが小日向文世が良い。愛する我が子を亡くし、本当は泣き叫びたいくらい辛いのだが、自分が取り乱せば残された家族の基盤は一気に瓦解してしまう。込み上げる悲しみを抑え、当惑を隠しながら行動する父親の言動にはどこか場違いな滑稽さが漂うものだ。子供を亡くした父親とは、そうゆうものだ。

小さくまとまり過ぎている感はあるが、瑞々しくもやるせない青春映画の佳作には間違いない。

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■埋もれた記憶のなかの宙ぶらりんの思い出について■

これから書こうとしていることは、ごく個人的な思い出話です。このレビュー欄に書くべきことなのかどうか ずいぶん考えました。しかし、私の古い古い記憶の底に埋もれていた思い出を呼び起こしたのは、この作品であることに間違いなく、その事実を他に記述しておく適当な場も持ち合わせていません。そんな内容の話です。

私も大学生時代、8ミリフィルムで仲間たちと映画を作っていました。今回の映画の中に登場するフジカシングル8・ZC-1000というカメラは、その当時発売したての新製品でした。10倍ズーム搭載でレンズ交換もできるという高価な機種で、私たちにとって憧れの的、高嶺の花でした。もっぱら私たちの主力カメラは、仲間たちとアルバイトで稼いだ金をつぎ込んで買った8倍ズームのZ800と、かなり使い込んであちこちガタがきていた6倍ズームのZ600。そんな時代の話です。

3年生の春。何としても新入生の中から映画に出演してくれる女の子を勧誘すること。それが、女優不足に悩んでいた私たちの最優先課題でした。そんな中、私は階段教室の最前列に座って新入生ガイダンスが始まるの待つ一人の女の子に声をかけました。質素なジーンズにスニーカーという飾り気のない服装で、化粧気もなくボーイッシュな感じ、でも俗な表現ですが人一倍活き活きした力強い目した女性でした。話を聞いてみると高校時代に演劇部に所属していたと言います。この子を絶対逃すわけにはいきません。その時の私は富豪の娘を前にした誘拐犯に見えたかも知れません。

後日開いた、私たちの作品上映会に彼女は来てくれ入部を快諾してくれました。私の作った映画に共感したのが入部を決めた理由だというのです。映画のテーマは「時の経過」と「人の思いの移ろい」でした。彼女が、高校卒業後一旦は地元の県庁に就職し、職場で先輩の男性と恋をし婚約をしたこと。そして、相手の学歴に見合うよう自分も大学で学ぶ決意をしたのだということを知ったのは、それからしばらく経ってからでした。婚約者と離れて暮らす4年の間に訪れるかも知れない、彼や彼女自身の心変わり。そんな不安が私の映画への共感となったようでした。

秋になって、私は新しい映画の撮影に入りました。そのころには彼女は、持ち前の聡明さと優しさ、そして男を思わせるサッパリとした気立てから「おTさん」と呼ばていました。私は映画の中で、おTさんに重要な役を演じてもらいました。それは、私がシナリオ段階でおTさんを想定して彼女に演じてもらうために作った役です。たぶんこの時、私はおTさんに恋をしていたのだと思います。間違いなく彼女を好きだったのに、今でも私の記憶は「たぶん・・・だと思う」なのです。

彼女の帰りを待つ男性がいることを知りながら、彼女に好きだと告白することは正しいことなのだろうか。それは、彼女を惑わせ苦しめるだけなのではないか。さらに、一歩間違えば今の自分と彼女の映画仲間としての友情関係すら無に帰してしまうのではないのか。そんな不安から、私は彼女を女性としてみることを意識的にさけ、ことさら自作の映画を介した監督と女優という関係を保とうとしていた気がします。「虹の女神」で描かれた「鈍感なのか鈍感なふりなのか、潔いのか潔いふりをしているだけなのか・・・」そんな、不器用な恋だったような気がします。

卒業後、故郷に帰り結婚した彼女とは、季節の挨拶程度の葉書のやりとりを続けていました。そんな時が数年過ぎたころ、おTさんと同期のMT君から彼女の家の様子が変だという連絡がありました。卒業以来始めて、彼女の家に電話を入れた私に、ご主人のお母様から返ってきた言葉は「T子は死にました」の一言だけ。受話器の向こうの声は不自然なほど冷たいものでした。あまりにも唐突な返事に事態が呑み込めない私は、すぐに今度はご実家に連絡を入れT子が自ら命を絶ったのだという事実だけはなんとか知ることができました。しかし、それ以上のことは誰も口を閉ざして話してくれませんでした。

「虹の女神」を見終わって思い出したことがあります。今でも、私の家の本棚のどこかに1本のビデオテープがあるはずです。おTさんが出演して私が撮った映画です。彼女のお母様に差し上げるつもりで8ミリからVHSテープに起こしたのですが、お母様から丁重に受け取りを断られ行き場をなくしたビデオテープです。そこには今でも、19歳の「あの時」のおTさんが「あの時」のまま写っているはずです。そして、もしかすると映画のどこかに「あの時」の私の思いも一緒に映っているのかもしれません。

これが私の「埋もれた記憶のなかの宙ぶらりんの思い出について」です。

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「虹の女神」で岩井俊二氏とともに製作を手がけた橘田寿宏君は、おTさんの一年後輩で私の学生時代の映画作りの仲間です。もちろん、今私が書き連ねてきたような思いを彼が知っているとは思えません。でも彼のプロデュース映画が奇しくも、私や彼や彼女の青春時代の古く淡い思い出を呼び覚ますきっかとなった不思議な符合は、みんながずっと映画を愛し、そこに夢を見続けてきたからこそ、まさに映画の「女神」が起こしてくれた奇跡ような気がします。

橘田君がこのようなかたちで製作現場で活躍されるまでの、紆余曲折の経緯や数々の苦労も少なからず知っています。これから、どんどん素晴らしい作品を世に送り出してください。必ず見させていただきます。

(評価:★4)

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