冒頭からしばらくの間、シーンはリアルな連続性を寸断されながらギクシャクと進む。そこには、ただならぬ不穏さとともに秘められた暴力の気配が漂う。それは、まさに健次（浅野信忠）、ゆり（辻香緒里）、中国人少年、さらには彼らを取り巻く不良者たちが秘める心の断裂の体現だろう。その予兆は人生の連続性を失くした者達の溜まり場である間宮運送へと連なっていくのだ。

半端者ばかり雇う間宮運送の社長（中村嘉葎雄）は言う、「こちらが裏切ったら彼らはおしまいだ」と。人としていたって美しい男だ。しかし、従業員たちを、その場に引き止めているのは、実は社長の善意の後ろに隠れて、見えない過去を一切かえりみない妻千代子（石田えり）の、魔女的魅力が作り出す強力な磁場なのだ。人としては、冷酷にすら見えるこの女の不気味な笑みは、過去を寸断された者達にとって魔女ではなく、女神の微笑みとして安堵と平穏を提供するのだ。

青山真治が仕組んだ「善」と「悪」の境界線の曖昧化が、時にユーモラスに、時に不気味に、時に穏やかに、観る者の心を揺さぶりながら物語りは進行する。そして、連れ去られた中国少年と債務男の安否も、梢（宮崎あおい）の未来も、生まれてくる子供と共に突然「家制度」に取り込まれた冴子（板谷由夏）の思いも、義理の息子に実の息子を殺された父（中村嘉葎雄）の心情も、そして健次の復讐ははたして成功だったのかどうかも分からなくなる。

「今、あるもの」、「今、いる人間」、「今、ある問題」を全て棚上げにして、まるで問題を解決するという行為を、あざ笑うかのように映画は幕を閉じる。善か悪か、マルかバツかなどどうでもよいのだ。医師免許を剥奪された男は言う、「人は人生において出会う必要があることと必ず出会うのだ」。ただそれだけのことなのだ。

実にありきたりで、陳腐なラストシーンだと思った。しかし、千代子（石田えり）の「死んだ者のことよりも、今生きているもののことよりも、これから生まれてくるもののことを考えましょう」という言葉を思い出した。ゆり（辻香緒里）が作り出した強大なシャボン玉が、天高く舞い上がり、破裂して男達の頭上に大量の水が降り注ぐ。それを見て、ある女は微笑み、ある女は大笑いする。女たちの晴れ晴れしい笑い顔。あれは、次に生まれてくるものの予兆、破水だったのだと思いあたった。

ということは青山真治は、彼なりに軍配を上げているということだろう。何よりも彼の妻であるとよた真帆の見事にふくらんだ腹がそれを暗示していたではないか。