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[コメント] ビジランテ(2017/日)

大都市近郊に潜在する“限りなく自由に近い土着性”の誘惑と、それを無下に抹殺しきれない優しさ。入江悠はオリジナルで撮ると俄然面白くなる。引きで捉えられた灰色に煙る風景が地方都市の憂鬱を象徴して狂おしくも愛おしい。これは大塚亮撮影の手柄か。
ぽんしゅう

逆に『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(三村和弘撮影)や『太陽』(近藤龍人撮影)のような緊張感にあふれた超絶長回しを封印した(させた?)ことで、青春映画的主観を排除してハードな土着ミソロジーテイストに仕上がったのも大塚亮の仕業だろうか。惜しいのは仕組んだ設定が有機的に機能せず、かつてどこかで観た、聞いた「お話し」の域を出ないのが残念なところ。現在(2000年以降)の地方都市が内包した憂鬱が照射されているようには見えなかった。

例えば、いったん家を飛び出しながら新天地を追われるように逃げ帰った長男(大森南朋)の、満州からの引き上げ者(満蒙開拓団か?)である祖父の土地(土着回帰)へのこだわり。保守系議員の集票システムである地域自治という名の自警団(町内会)に象徴される、創造性を封印され手段と目的を見失った次男(鈴木浩介)の閉塞状態。世間が見て見ぬふりで過ごす、今や地方経済に欠かせない外国人労働者や、三男(桐谷健太)が束ねる風俗嬢たちの弱者コミュニティーが内包する生活者としての優しさ。

そんな、3兄弟に仮託された土地と人間、すなわち現代のコミュニティーとパーソナリティの関係性の問題が、登場人物たちの内へ内へとこもってしまい、ついに立ち上がらなっかたところが物足りない。

とは言え満を持しての入江悠のオリジナル作は―(喰うためには必要なのは重々承知ながら)―少なくとも『ジョーカー・ゲーム』や『22年目の告白 私が殺人犯です』なんていう請負仕事の100倍は面白かったです。だからこそファンとしては、ないものねだりの高望みをしたくなりました。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ペペロンチーノ[*] けにろん[*]

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