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[コメント] 町田くんの世界(2019/日)

確かに「世界は悪意に満ちている」を言い訳にして他人の善意を信じようとしない今の風潮は、強者が垣間見せる潜在的な優越意識だったり、自分の下に誰かを置いてその場しのぎの安心を得る常套手段だったり、思考底止に追い込まれた弱者の悲痛な叫びだったりする。
ぽんしゅう

それは、いつの間にか広がってしまった格差が生んだ、勝者のゆるやかな差別意識であり、劣化したかつての中所得者層の自縛による現状逃避であり、社会事故とでも言える弱者をみまった制度災害に起因しているように思います。厄介なのは、どれも我が身に起こり得ることで、たぶん世の中のほぼすべての人が、一度は「世界は悪意に満ちている」と言っちゃった経験があるのではないかということです。

で、どうすれば良いかというと、町田くん(細田佳央太)や猪原さん(関水渚)が言いうように「自分の気持ちは分からない」というか理性的にコントロールできなくなってるし、当然そうなれば「自分のこの先も分からない」のです。しょうがないので、悪意を嘆きクソな状況を恨むときも、不意打ちの善意に出会い有頂天になったときも、もたらせれる悪意やほどこされる善意が平等でないと不満を感じたときも、とりあえず冷静に“想像”してみましょうという、やっとたどり着いた「答えのようなもの」は、ひとまず間違っていないと思います。

だって“想像”というのは他者との“関係”を整理することだから。ただし困ったことに、その場の都合に合わせて“悪意の想像”と“善意の想像”を平気で使い分けてしまうのも人の性(さが)。この映画、なにやら哲学めいた風呂敷を広げたくせに、厄介な「生きもの」のことはファンタジーで(気持ちよく)ウヤムヤにして、王道の青春ラブ・コメへと回避してしまうのも、あながち攻められないですね。

で、今回の石井裕也映画は、生徒たちのとぼけたキャラと会話は大林宣彦の学園ファンタジー、引き画を多用した石造りの運河と夏草におおわれた河川敷は相米慎二と、80年代のアイドル青春モノの臭いがして懐かしかったです。屋根の上に渡された屋外通路や階段も『メリー・ポピンズ』や古いフランス映画を思い出されるロケーションでわくわくしました。

余談です。偶然に『旅のおわり世界のはじまり』と立て続けに前田敦子さんの映画を観たのですが、孤独感とかフテ腐れ感を演じさせたら、この人、今の邦画界では安藤サクラさんと双璧ですね。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)けにろん[*]

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