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[コメント] 天国にちがいない(2019/仏=独=カナダ=カタール=トルコ=パレスチナ)

中肉中背。猫背ぎみに少し顔を突きだし、でっぷりではないが歳相応にゆるんだ下腹のエリア・スレイマンの立ち姿に警戒感はない。目撃する“現実”に驚くでもなく呆れるでもなく、対象を見つめる視線に喜怒哀楽もない。あれこれ“起きる”が結局は彼が主役。
ぽんしゅう

世情をデフォルメし皮肉るエピソードの「ネタ」に思わずくすりとさせらるが、その調理方法はいつかどこかで観たプロモーションビデオのような既視感があったりもする。NYの天使を追い回す警官たちのエピソードなんてバスター・キートンのチェイスアクションを正当に引き継いでいた『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』(64)を思い出していた。クラッシックから、最近流行らしい「ネオクラシック」に学んで2019年の本作へと至る、なんて好意的に解釈すれば微笑ましくもあります。

脈略のない短いエピソードで構成する類似作としてはロイ・アンダーソンの近年の作品群が思い浮かびます。ロイ・アンダーソン作品と本作の違いは、ほぼ全篇に渡ってスレイマン監督自身が自らが作りだしたエピソードの傍観者(観察者ではなさそうだ)として作中に登場するところです。自身の存在を「デフォルメされた世情」のフレームのなかに置くことで、スレイマン監督は「現実の世情」から少しだけ距離をとっているように見えます。

自ら作りだした「デフォルメされた世情」を、拒否するでもなく甘受するでもない。かと言って諦観しているわけでもなさそうな映画監督が、この物語のなかで一番目立っている。するとこの映画は各エピソードではなく、そこにたたずむ映画監督を見せるための映画のようにも思えてきます。それって何も語っていないのと同じじゃないかという疑問がわいてくる。エリアス・スレイマンという人が、何をしようとしているのかよく理解できなくなりました。私、考えすぎでしょうか。

(評価:★3)

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