コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ああ爆弾(1964/日)

折衷は弛緩と堕落を生むが、競合は表現の次元を拡大する。ここに取り込まれた和洋新旧、種々雑多な要素は、互いに融合などせず競合しながら既存の喜劇とは異なった別のステージの「可笑しさ」を生んでいる。要は、喜劇を突き抜けてしまった可笑しな映画なのだ。
ぽんしゅう

つまり、例えば1964年という同時代に喜劇映画を撮っていた古沢憲吾杉江敏男松林宗恵山田洋二が「可笑しい、面白いと感じていること」と、岡本喜八の頭のに渦巻いていた「可笑しさ・面白さ」というのはまったく別のものだったといこととだ。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)町田[*] ゑぎ

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。