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[コメント] カポーティ(2006/米=カナダ)

それは、表玄関から出て行った人間が、裏口から出て行った人間に与える同情であり一瞥であり、自分も同じ類の人間であることのナルシスト的悲哀だ。「冷血」にはゾッとしなかったが、カポーティにはゾッとした。
ヒエロ

**ネタバレ注意**
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ずいぶん昔になるが、「冷血」を読んだときに「ふぅん。で、どの辺りが冷血なの?これだけ膨大な取材をしている割には、こいつは選択眼が悪いんじゃないのか?」と思ったもんだ。だって「ノンフィクション」じゃなくて「ノンフィクション・ノベル」だ(つまり、全ては事実に基づいているがドキュメンタリーやルポじゃなく、何を拾って書くかは作家によって選択されている)って作家自身が言ってるし。

正直言って「冷血」よりも、こっちの映画の方が面白かった。カポーティもペルーも同じ類の人間だ。彼が実際にアスペルガー症候群だったかどうかは知らないが、明らかにそれっぽく描いているところも手伝って、「同じ家に生まれながら、彼は裏口から出て行き自分は表玄関から出て行った」という台詞が映える。この本質的には同じ類の人間を描く、表裏一体感が面白かった。同じ類の人間と知りながらも、欲のためだけに、表側の自分が裏側の人間を騙しいたぶり、最後には殺されることを待ち望む姿には、ゾッとするし滑稽ですらある。

共喰に近い。

この映画を「作家の葛藤」と評した塩野七生のアホさと勘違い加減はさておき、肝心の作家と犯人のやり取りの描写の多くが、どれも中途半端だ。猟奇に近い殺人を犯した者に同情し、話を聞いてやりながらも自分の生い立ちを吐露し、友人だと言いつつも本当は自分の都合だけでしている罪悪感や、そこから逃れるための藻掻きがとても薄い・・・というかその描写が実に淡泊。

一番違和感のあるのが、実際もっと頻繁にやり取りのあったペルーとの通信書簡の内容が殆ど出てこないこと。作家が主人公なんだよ。話しのネタが作家なのに、彼らの書いた裸の文章がほんのちょこっとしか出てこない。だから心の拗くれ加減の表現に、どうにも深みが無いというか説得力が足らないというか、嘔吐するほどの自己嫌悪と、身悶えするほどの自己保身が伝わってこない。ペルーとの手紙をあんまり出せないのは著作権の問題なのか?w。やおら引きこもって、ベッドで悶々としているだけの中年のゲイを見せられても、その苦しみなんか全然分かりません。俺にはゲイの友達いないもん。

しかし、取材時間を確保するためには弁護士探しに協力しておきながら、結末を仕上げるためには弁護士探しを拒否する逸話の流れは絶妙だし、カポーティとペルーの最後の面会シーンには、「あの涙は本気か嘘ン気か?」と見入ってしまう程に感心した。あの絶望を伴う同情の涙は、本当でもあるし嘘でもあるんだろうなぁ。ま、実際のカポーティも、自らのコンプレックス反動で超の付くナルシストだったから、それを踏まえてもあのシーンは、脚本も演出も役者も実にお見事だ。それは表玄関から出て行った人間が、裏口から出て行った人間に与える同情であり一瞥であり、自分も同じ類の人間であることのナルシスト的悲哀だ。

「冷血」のその後のカポーティを描いてくれりゃ、満点です。その後、やがて彼も裏側として死んでいくことになる。

(評価:★4)

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