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[コメント] グラン・トリノ(2008/米)

「白いアメリカ人」に対する英雄からの自虐的な遺言。
sawa:38

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







かつて朝鮮戦争に従軍し、国家の象徴たるフォードで働いたというあまりにもスタンダードな「白いアメリカ人」を設定している。

日本とドイツを下し、世界の覇者足る地位を築いたアメリカ。そのアメリカが次なる戦場とした朝鮮戦争。地下室に保管されていた勲章は、アメリカ人が「最後の聖戦」と信じて疑わない「義」のある戦いであったのだろう。その後のアメリカは黒と平和のピースマークに混じりベトナムで敗退する。そして今、ベトナムのジャングルよりも不気味なイスラムという理解不能なる戦い。

そしてもうひとつ現代のアメリカを恐怖させる人種比率という問題。アジア系とヒスパニック系の移民が12%の構成比率を占めるようになり、最早黒人との不毛な争いに興じている余裕などなくなったのだ。少なくとも黒人はベトナムにおいて星条旗の為に多くの血を流し「黒いアメリカ人」になった。アメリカではかつて収容所の日系人たちが日系人部隊を編成し凄まじい戦死率を国家に献上したように「血」でもって地位を獲得しなければならないのだ。

彼は白かったアメリカ、強かったアメリカの体現者としてスクリーンに強調される。すべては過去の遺物ではある。だが限りなき栄光の象徴に変わりは無い。合衆国という名が示すとおり、寄せ集めの新興国家には天皇も国王も民族も宗教も歴史も無い。国家として存立しうる為の基盤には「独立・自由」というようなキーワードが並び、そのか細い連帯感を保持する為に「誇り・栄光」という共通のキーワードが必要不可欠なのだ。

イーストウッドは監督として『硫黄島からの手紙』・『父親たちの星条旗』でそんな栄光に対しての裏面を描き、バタバタと倒れていく敵兵士の「顔」を描いた。スタンダードな白いアメリカ人に対する彼なりの言葉だった。

彼の言葉は上記2作ではピントがブレて意味不明と感じたが、本作ではストレートに白いアメリカ人の琴線に切り込んでいく。白い主人公はポーランド系の子孫で床屋の親爺はイタリア系の子孫だ。つまりこの新興国家には純粋なアメリカ人など存在しないということを繰り返し強調している。(この件は『父親たちの星条旗』でネイティブインディアンを題材にしていることからも彼の主張が伝わってくる)

最早、アメリカは「白くない」という現実(負け)を認めろとイーストウッドは言っている。そしてアメリカはもう強くない、否強くなくても良いのではないかと問うている。かつての強さの裏にあったモノを問うている。

そしてラスト。彼なりの本当の強さという決着が描かれた。これはドラマ的にもイーストウッドを語る上でも賛否両論のラストだった。東映の任侠モノならば敵はひとり残らず惨殺されたはずだ。しかしかつてアメリカ人は東映任侠はもちろん、忠臣蔵や神風特攻隊を理解不能としていたはずだった。余談だが日本の昭和を代表した「鉄腕アトム」「宇宙戦艦ヤマト」「仮面ライダー」の主人公たちは皆、ラストで自らの命を犠牲にして死んでいった。本作のイーストウッドはまさに日本的なラストを選択したのか?

もうアメリカは強くないんだ。アメリカが未だ世界各地で振り上げている拳を眺めながらイーストウッドはスクリーンで「死んでみせた」のではなかろうか。そう、白いアメリカ人たちにむけて・・・

PS.イーストウッドには監督として是非ベトナム戦を題材にした作品を撮って欲しいです。これを撮ってこそ彼の真のスタンスが見えると思いますし、彼こそベトナムを撮るべき資質を持っている保守派だとも思います。

(評価:★4)

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