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[コメント] 生きものの記録(1955/日)

燃やされるのを怖がるあまり…
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







燃やすことを選んだ男の話。

精力が有り余る男が、本来とは別な所に精力を注いでしまったために起こった悲劇とも言えるか。

放火魔の心理ってこんなものかもしれない(嘘です。嘘)

−−−−−−−−−−−−−−−−閑話休題−−−−−−−−−−−−−−−

 前年の1954年に起きた“第五福竜丸事件”に触発された監督が真っ正面から核の恐怖に挑み、世に問うた問題作。当時の監督だからこそ、許された題材だとも言える。ただ、当時はあまりにストレートな題材だけに賛否両論が巻き起こった作品らしい。

 でも、現代になってこれを観ると、卓越した監督の視点と、人間性とは何か。と言う問いが実にストレートに出ていることもあり、非常に素晴らしい作品だと思える。

 主人公は齢70を超える老人なのだが、それを当時35歳の三船敏郎が演じることにより、実にパワフルな老人を見事に演じきっている。何せ3人の愛人を持ち、内一人は自分の娘より若く、生まれたばかりの子供までいると言うとんでもない精力絶倫者だから、本当に若い人間に演らせたのは大当たり。老けメイクも見事にはまり、何でも三船敏郎がメイクのままスタジオをうろうろしていたら、絶対に分からなかったそうだ。しかも劇が進むに連れ、精神的ストレスが増していき、どんどん憔悴していく。そのメイクが又見事。当時でここまでよくやったものだ。特に最後、精神病院に入れられて自分は地球から逃げだしたのだと思いこんでいる老人が「燃えとる燃えとる!ああ、とうとう地球が燃えてしまった!!」という台詞は本当に鬼気迫るものがあった。

 「人間は慣れる動物である」と言ったのはドストエフスキーだが、どんな状況にあっても人は本当に馴れてしまう。今まさに核爆弾が落ちて全員死ぬかも知れないと言うその状況にあっても、人は笑い、いつもの生活を続けられる。それが人間の強さだと言うことも出来るが、逆に考えればそのように鈍感にならなければ生きていけないのが人間なのかも知れない。だから、それに馴れることが出来ない人間にとっては、この世界は地獄のようなものだ。実際馴れるべき事が現代では多すぎて、余程鈍感でない限り人は精神病にかからない方がおかしい世界になってしまった。そのようなギリギリの世界に我々は住んでいるからこそ、今こそ本作品は更なる評価を受けるべきだと思う。

 邦画における音楽を芸術の域にまで高めたと言われる早坂文雄は本作品制作中に死亡。監督の意地で冒頭のスタッフロールで「遺作」という文字が入れられている。DVD特典では、その本当の遺作である“星の音楽”が収録されている(本当ならラストで使われるはずだったらしい)。この特典のためだけにでもDVDは購入する価値あり(高いけど)。

(評価:★5)

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