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[コメント] 日本沈没(2006/日)

本作で確信。樋口真嗣監督は「職人」であって、「クリエイター」ではありません。限られた条件下で最大のものを作る事は出来ても、思想性を展開させることは出来ませんでした。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 小松左京原作の大ベストセラーの映画化作。1973年に守谷司郎監督によって『日本沈没』(1973)として既に一度映画化はされているが、本作はそのリメイクではない。  いや少なくとも、監督の樋口真嗣の、ただのリメイクで終わらせるか!という希薄を感じさせてくれた作品ではあった。

 1973年版でやれなかったこと。これは何せ今から25年前の話である。エフェクトに他ならない。特撮技術はあってもCG技術がないため、どれほど金をかけても描写にどうしても嘘くささが出てしまうし(私がそんなことを言って良いんだろうか?)、使用できる局面も限られる。よって1973年版の方は人間ドラマの方に重点を置かざるを得なかった。それをCGの多量導入によって各地の災害の描写は派手に、しかもリアリティを付けて描写できるようになり、迫力が格段に増した。更に度々日本列島の現在の状況を克明に映し出すことによって、刻々と日本が分断されていく様子が手に取るように分かるようになった。描写は極めて緻密且つマニアックさを感じさせてくれる。流石この辺は『ローレライ』での樋口監督らしさが出ていて大変よろしい。色々な意味で楽しめるように出来てるので、特に特撮ファンにはお勧めできる。

 それで1973年版で敢えてやらなかったこととは、あの作品は日本という巨獣によって打ち砕かれる人間を描写することにあったため、個人的なドラマを敢えて描写しなかったと言うことなのだが、これも時間制限があり、原作にあった細かいエピソードは入れることが出来ない。としてばっさり切ってしまった。むしろ大局から見て、一人でも多くの人を国外脱出させることと、徐々に進行していく日本沈没の危機を受け入れ、それに対処することが主眼となっていた。お陰で一応の主役である藤岡弘もいしだあゆみもほとんど狂言回しでしかなかったが、今回は男女や家族と言ったものを主眼に持ってきたということ。これは大きく原作からもはみ出ることになるが、1973年版と同じものにならないためには必要な措置であったのだろう。

 つまり、1973年版を踏まえ、本作は敢えてベクトルを逆に捉えたわけだ。1973年版は描写はミニマムに、人間模様はマキシマムへと捉える傾向があったのに、本作は描写はマキシマムに、人間模様はミニマムへと捉えている。この改変は単に旧作に対する対抗措置と言うだけではなく、本作が世界配信を前提に作られていると言うことの証左でもあろう。大いなる危機に際し、人間の知恵で何とかしよう。というのは実にハリウッド好みだ。昨年公開され、世界的に結構評価された『デイ・アフター・トゥモロー』(2004)も同じベクトルだったし。

 と、言うことで私なりには本作の狙いも、それが正しい方向性であることも理解したつもりである。

 ただ、それは原作からの乖離を引き起こしてしまった。そもそも原作は高度成長時代を迎えた日本という国に対するアンチテーゼと、どんどん豊かになっていく現状に対する居心地の悪さというものをストレートにぶつけた作品だった。今あなた方が頼りにしている日本は、こんなに脆いものであること。そして日本人が漂白の民となった時、そこに日本人としてのアイデンティティはあるのか?と言う問題を突きつけてきた。だからこそラストは悲劇でなければならなかったのだ。だが、敢えて本作ではそれを取らず、“一人の人間の犠牲”によって最後に希望を持たせる形へと変えている。物語としてはこれで良いんだけど、原作にあった肝心な思想そのものまで無くしてしまい、更にそれに代わるものを何一つ入れてない。それが大きな問題で、やはり原作好きな人間からすると、これは裏切り行為に思われても致し方ない。ラストが変わることで、全くテイストが変わってしまうわけだから。この辺は好みと言われればそれまでだけど、やっぱり原作ファンとしてはなあ。と言うところ。

 それと致命的なのは力を入れたはずの人間ドラマ部分がどうにも陳腐に過ぎてしまったという点。これが本作における一番の問題ではなかろうか?

 草なぎ剛、柴崎コウ共に好演はしてるんだけど、何故か物語が薄っぺらい。この未曾有の危機にあって、二人の関係があまりにも淡々としすぎていて、人間ドラマのパートにはいると無茶苦茶退屈になってしまう。実際これだけ見所満載の作品で2時間を待たずに飽きてしまったのは、ドラマの描かれ方の下手さだった。昨今流行りだした純愛路線を取ったにしては、あの状況下では浮きまくってる(大体「僕」と「あなた」だけの関係が世界の命運そのものを決めてしまうと言う作りは気持ち悪くてたまらない)。それに殊更下町の描写をやっておきながら、生活感のなさにも首を傾げる。それと特攻描写が大好きな私なのに、最後のミッションには全く感情移入できず。意外性も無ければ緊張感もない。音楽やらで盛り上げてはいても、逆にそれが白ける。一人気を吐いていた田所役の豊川悦司も何か浮きっぱなしって感じなんだよな。主人公二人に対し熱血過ぎというか、演技が空回りしてるというか…(これは私自身が原作の田所というキャラクタをもの凄く好きだからなんだろう。プロジェクト途中で自らスケープゴートとなって身を引く所も含め、ああいう科学者が私の理想だった。その理想とはかけ離れたヒーロー性溢れる役柄というのがなあ)。結局本作が評価できにくいのは原作に思い入れがあるからなんだろう。

 思うにこれ、実際の人間じゃなくてセルに描かれたキャラクタだったらそれなりに盛り上がったんじゃないだろうか?樋口監督がアニメ畑出身だけに、方法論的に全般的にアニメっぽいんだよな。

(評価:★3)

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