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[コメント] 東京物語(1953/日)

本作を一言で言えば、「小津作品とはまさしくこれ!」。監督は観客を惹きつける技術というのを確立してたんだ。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 小津作品の最高作品と呼ばれる作品で、なかなか興行成績に結びつかない監督作品の中で1953年の邦画興行成績で8位を得た好作。更に意外なことだが、これだけ海外での評価が高い監督であるにもかかわらず、海外の映画祭で受賞した作品はこれ一本だけ(しかもロンドン映画祭サザランド杯一つのみ)。これは小津作品の大部分が海外配給に積極的でない松竹で製作されたためだと言われている。本作でさえ、アメリカで一般公開されたのは20年も後になってから。勿体ない話だ。

 とにかく淡々とした描写と、その中で繰り広げられる、どこかに本当にありそうな人間関係。こんなのの一体どこが面白いのか?と言われると不思議なことなのだが、何故か不思議に惹かれてしまう。実際面白く思えてしまう。多分小津監督以外が監督したならば、たいして評価を受けることもなさそうな作品なのだが、この人が監督したと言うだけでなんでこんなにメリハリが出てくるのか。不思議な作品だ。失礼ながらこれだけ退屈な作品なのに観ていて飽きない。

 その大きな部分は、小津監督は観客を“集中させる技術”に長けていたと言うことがあるのだろう。殆ど登場人物はその位置を移動しないのでカメラ・ワークは極力抑えられ、一画面の中でシークエンスが展開するのだが、基本的に広角で撮られる画面の中心とその周辺で行われる人の動き、あるいはその表情の変化など、静かな中に確かに動きが感じられる。止まった画面の中で確かにそこにはアクションが存在してる。その中でも登場人物の表情の変化というのが一番の重要ポイントかもしれない。特に笠智衆なんて、殆ど表情が感じられないような(これ又失礼)人物が、ちゃんと表情の違いで見せているのだから凄いところだ。小津監督の場合、それは表情だけではない。身体全体を用いてそれを表現している。笠智衆で言っても、オープニング・カットで自宅で座っている姿と、ラストで座っている姿。どっちも同じように座っていることには変わりないのに、明らかにラストシーンでは脱力して力無いように見えるのが技術だ。小津作品では常連の原節子は、わざと動きを制限されているように思うのだが、その不自然さが逆に色々なことを心では考えて、感情が渦巻いているのだけど、それを抑えて静かに振る舞ってるって感じが出てる。

 前に読んだことがあるが、監督はこの作品について、「戦後の家族法生活の崩壊を描いた」と語っていた。確かに戦前の日本にあった父母を敬う心というのが崩れ落ちてる事が残酷に描かれていたと思うが、現代と較べてみるとねえ。少なくとも形の上では敬ってるもんなあ。今は両親なんて財布としか思ってないか、両親は自分に重圧を与える存在としか思ってないガキばっかりだから…人のことは言えなかったりして(苦笑)

 …最初、これを前にした時、一体何を書いたら良いんだ?どんなレビューになるんだ?とか思ったのだが、あんな前に観た作品の魅力(これを書いてる時点で5年ほど前にビデオで一回観たきり)が次々に出てくるから不思議なもんだ(笑)

(評価:★4)

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