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[コメント] 太陽(2005/露=伊=仏=スイス)

久々に映画を観ながら時分自身の心に問いかける。という貴重な体験をさせていただきました。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 アレクサンドル=ソクーロフ監督は全4部作で歴史上の人物を描こうとしていることで知られている。すでに第1作としてヒトラーの『モレク神』、レーニンの『Telets』が映画化され、昭和天皇を描く本作は第3作目に当たる。

 ソクーロフ監督作品を観るのは、実は本作が初めてなのだが、『モレク神』は映画ファンの中では何かと話題になった作品で、住んでいるところが良ければ確実に観ていたと思う。観られなかったのはちょっと悔しかったという記憶がある。そんなソクーロフ監督の最新作、しかも日本人としては馴染みが深い昭和天皇を描くと言うので、激しく興味をそそられた。

 これは私自身の話になるが、私のいた大学はかなり学生運動の激しいところで、私自身もちょっと深みに入りかけたという事実があり(『戦艦ポチョムキン』(1925)のレビューでちょっと触れた)、更に仕事上の付き合いで社会運動家との接点も多い。こう言う人間が本作を観たら、一体どんな感想が出るだろう?と多少人ごとのように思いつつ、せっかくの機会だから。と鑑賞となった。

 …何と言うか、大変複雑な気分である。

 素直な感想を言えば、一個の人間を描いていると言う意味においては、置かれていた立場や、そこでの無力感、現人神としての実感もないまま流され、ちょっとユーモラスな人間として描かれ、ちょっと可愛そうな人間を淡々と描いた作品としてとして捉えられる。演じるエッセー尾形の演技も特徴を良く捉えているし、それが時に自然な笑いへとなっていく。ここに登場するのは、悪人でもなんでもない。むしろ同情すべき人物として描かれているのが特徴。それに、おそらくこれが実情に大変近いのだろうとも思うのだ。この映画を通して天皇自身はほとんど意思を見せない。少なくとも国家の頂点にある者としての責任も、徹底抗戦を拒否することを“示唆”することだけだったし、一人の人間として行動したのも、ほぼ最後に皇后に向かって子供のことを気遣う言動だけだった。後は彼のしていることは現状を受け入れることだけだった。国家元首としてはいささか物足りない言行であるが、これこそが彼の置かれた状況であり、それを受け入れる能力が彼にはあったと言うことである。気が狂わんばかりの重圧を素直に受け入れている男の姿がそこにはある。ここに描かれる天皇の姿は、ただ目の前に起こっていることを受け入れている、素直すぎる人間にすぎない。

 それで興味深いことに、観ていくうちに自分自身が自家中毒のような状態に陥った。何と言うか、素直にこの作品を楽しんでる自分と、そのままこれを観ては行けない!と考える自分自身とに分裂してしまい、なんだかすごく落ち着かない気分にさせられてしまったわけである。実はまだそのもやもやが説明付けられないのだが、これこそが実は映画を観る上で大切な感情なのだろうとは思う。いつか完全に消化する時を待つことにしよう。

 それにしてもさすがイッセー尾形。あの口ぶりと言い、口の動きや立ち居振る舞いと言い、本当によく特徴を捉えている。彼の姿を観るだけでもこの作品を観る価値があろうというものだ。

(評価:★4)

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