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[コメント] インランド・エンパイア(2006/米=ポーランド=仏)

泥沼のような悪夢世界に浸りたい人には絶対にお勧め。ただし観てるうちに酔いそうになるので、これをご覧の場合、それなりの注意が必要です。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 『マルホランド・ドライブ』(2001)から6年ぶりに作られたリンチ監督の最新作。途中までは俳優の私生活を描き、いきなり迷宮に放り込まれると言う構造は『マルホランド・ドライブ』と同様だが、本作ではこの突き放しが比較的早く行われ、しかも上映時間が3時間もあるので、2時間以上も訳の分からん迷宮世界の中に置いてけぼりにされてしまう。観ているこちら側は映像の本流に呑み込まれ、完全に夢現。せめてこれが2時間だったら、ここまで気持ち悪くはならなかったのだが、完全に酔った。比較的決着がきっちり付いているので後味は悪くないのが救いではあるが。

 ただ観ている間はまさに悪夢そのもの。リンチの世界観に対し何らかの解釈をしようとすると頭が痛くなり、映像に浸っていると気分が悪くなってくる。いずれにせよ飛びっきりの悪夢世界に連れて言ってくれることだけは確か。

 本作の解説は何を書いても野暮になりそうだが、強いて解釈するなら、本作は一種のシチュエーション・コメディなのだろう。いくつもの役柄を演じている役者が舞台を経ているうちに自分人が何を演じているのか分からなくなってしまい、混乱しているのを楽しむと言う。

 だから本作の場合、主人公は人間ではなく、むしろ人物を取り巻くシチュエーション、さらに言うなら“部屋”ではないかと思われる。

 本作には実にたくさんの部屋が登場する。それは主人公ニッキーの属している(と当初思われていた)セレブな生活様式を持った屋敷だったり、演じるための映画のセットであったり、あるいはわけも分からず放り込まれたパラレルワールド的世界であったり、テレビの中の世界であったり…一見外に出ているかのように見えながら、実はそれ自体が狭い部屋であったりもする。全てが箱の中で行われ、演じられている。

 これはあるいは二重三重の世界の中で生きている役者そのものを表しているのかとも思う。彼らは画面の中では強いられた役を演じ、実生活の中では人に見せても良い表層部分と、その中にある人に見せられない実生活。様々な生が同時に入り込んでしまうのだが、それぞれに演じ分けることで生活が成り立つ。だがなんらかの拍子にそれらの区別がつかなくなってしまった人は悲惨になる。自分が一体どんな生を生きているのか、区別をつける前にそこで自分の役を演じている人々によって放り出されてしまうから。

 そう言う意味で改めて考えると、やっぱりこれはリンチ流の悪意のたっぷり込められたコメディなんだろうな。

 演出面は相変わらずぶっ飛んでごちゃごちゃにしながらも、リンチらしさはしっかり演出されている。赤いカーテンをめくったり覗き見用の小さな穴の中を覗き込むことで次々に部屋が現れ、どこまで開けても終わりがないとか、敢えて気持ち悪がらせる老人達の存在とか、童話的モティーフの唐突な挿入とか。映画の端々にリンチの好むガジェットが配されているのが大きいだろう。この辺の小物は大体これまでのリンチ作品に出てくるので、流石にキャリア積むと、何気ない場面でも“らしさ”を演出できるようになるものだ。

 それで主人公の不安を示すためだと思うのだが、固定カメラを排したため、画面が小刻みに揺れつつ話が展開する。この不安定さが不安をそそる。だんだん酔って気持ち悪くなるのが問題ではあるけど。

(評価:★4)

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