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[コメント] ノーカントリー(2007/米)

ルールとルールのぶつかり合い。そしてアメリカの歴史。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 マニアックな人気を持つコーエン兄弟による2007年アカデミー受賞作。このところコーエン兄弟監督作品もメジャー化し、大作映画を何本か作っていたが、本作は久々に原点に立ち返り、低予算ながら、いかにも“らしい”作品として仕上がっている。

 ところでうっかり書いてしまったけど、コーエン兄弟作品“らしさ”ってなんだろう?「作風をみればたちどころに分かる独特さ」と言えばそれまでだが、改めて考えてみると、それは独特のルールに固執する人間にどう対処するか。ということになるんじゃないだろうか。

 人は誰しも多かれす少なかれ、独自のルールってものを持っているものだ。私だっていくつも生活の中でルールを持っている。だがそれは社会の価値観とはぶつかり合わない。仮にぶつかったりする場合、自分のルールの方を変える。それが社会的な“普通”というやつ。しかしコーエン作品の場合、それを軽々と逸脱してる奴が出てくる。『ファーゴ』であれ、『ビッグ・リボウスキ』であれ、『バートン・フィンク』であれ、必ずそう言う奴が登場し、その独特のルールに振り回されっ放しの主人公の姿が描かれていた。一般常識にとらわれない分、一見単なるアブナい奴で、こう言う人間に巻き込まれてしまった人は不幸としか言いようがない。コーエン作品には乾いた残酷描写が連発するのに、どことなくユーモラスに感じるのは、そう言う不幸な人間を笑えるように作られてるからだろう。話が展開していくと、徐々に独特のルールというやつが分かってくるが、その辺を見つけていくのがコーエン作品の楽しみ方の一つと言える。

 本作ではもちろんバルデム演じるシガーがそれに当たる。彼は完全に常識からは逸脱してるが、作品を通し、極めてストイックに自分の定めたルールに従って行動してる。殺し屋として殺すと決めた人間は絶対に殺すし、その前に立ちふさがる人間も殺す。自分の仕事の顔を知った人間も殺す。コイントスのゲームを仕掛け、失敗したやつ、ゲームを拒否したやつも殺す。とにかく殺すことにかけてはまったく容赦がない。どんな拍子で人を殺すのか、当初その部分がまったく分からず、単なるシリアル・キラーのようにしか見えないが、そのルールが分かってくると、俄然彼に対する興味が出てくるようになる。半分脅迫観念のようではあるが、最後にルウェインの妻を殺しに言ったのも、彼にとってはルールを守るため…もちろんアブナい奴に違いはないけど。

 ただ本作の場合はその独自ルールをもつ存在が一人だけではなかった。(一応)主人公に当たるブローリン演じるルウェリンもまた、ヴェトナム帰りという事もあってか、何事も自分はできるというルールに則って行動する。割と刹那的な生き方ではあるが、彼は彼なりに自分の定めたルールに従って生きている。結果的にこの二人の追跡劇は単なる強者が弱者を追い詰めるのではなく、ルール同士のぶつかり合いとなっていく。その意味では何故ルウェインが殺されたかと考えれば、自分を信じると言うルールを最終的に自ら破ってしまったから。とも考えられるだろう。

 ところで本作の場合、主人公はもう一人登場する。ジョーンズ演じる老保安官のベルで、彼は物語の始まりと終わりに登場。物語を総括する存在だが、実際は彼はまったくシガーとルウェインの戦いに関わらない。彼が何故ここに登場するのかと言うと、自分のルールに従って戦い続ける異常な二人に対して、一般人からの視点ということもあるだろうが、彼がいることによって、本作は単なるアクション作ではなく、アメリカと言う国の物語へと変えられていくのだ。アメリカの過去はもっと単純だった。だが1980年という今はそれがおかしくなっている。単純な視点であるかもしれないが、様々な要因を含めて(劇中ではヴェトナム戦争が語られることも多いが)、それは人間がおかしくなっていっているから。長く生きてきた人間にそれを語らせることで、本作はアメリカ史を語っている作品にさせている。本作は歴史の一部ではない。今もなお続いている歴史の側面なのだ。紛れもなく本作はアメリカと言う国を描いていた。

 アメリカを描くことがアカデミー賞の特徴だとすれば、本作は間違いなく本作はアカデミー好みだ。

(評価:★4)

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