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[コメント] ウォール・ストリート(2010/米)

初めてストーン監督でストレートに面白いと思ったんだけど…
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 丁度日本がバブル絶頂期だった1987年にストーン監督が作り上げた『ウォール街』は、当時の投資ブームに沸く世相とも相まってヒットを記録した。私も一応は観たのだが、当時学生で金融のことなど何も知らない人間としては、多少難しくも、きちんとエンターテインメントしていたし、インサイダー取引というのが悪い事である。と言う程度の認識はきちんと教えてくれる、割とバランスの良い作品に仕上がっていたもんだ。

 この作品にはいくつか言えることがある。

 一つ。この作品は今こそ作られる意味があったと言う事。前作が投資熱に沸く当時の世相に対するアンチテーゼであったならば、本作は2008年という年に起こった事実に対して、やはりアンチテーゼを叩き付けようとして作られたのだ。

 2008年というのはアメリカの金融業界に激震が走った年だった。この年はサブプライムローンの破綻によって株式大暴落が起こった年で(余波を喰って私の保有する株式も大打撃を受けたものだ)、この時、アメリカの金融業界は全滅するのではないか?とさえ言われていた。ところが政府による公的基金の投入、いくつかの金融業者を破綻させた上で吸収合併すると言った裏技に近いことをやってのけ、見事に一年で金融業界は立ち直ってしまった。まともに考えたら、ここでアメリカの経済はガタガタになっていたはずなのに、何故そうはならなかった?起こってはいけない事が何故起こったのか?と言う事をこの映画で明らかにしようとしたのだろう。年は食っても相変わらずリベラリズム溢れるストーン監督らしい素材の選び方だ。

 一つ。金融危機を扱った作品と言うのは、意外にもハリウッドには結構な数が作られてる。実際の金融を扱ったものは少ないかも知れないが、1929年の“暗黒の木曜日”に始まるウォール街崩壊はアメリカにもの凄い数の失業者を作り出し、その時にアメリカはどん底を経験したと言う過去がある。この時代の悲惨な生活を扱った作品はかなり数が多い。時代に残るそんな作品の一本を作ってやろう。と言うのがストーン監督の思いだったのかも知れない。客の入りはあんまり良くないみたいだが、あるいは10年後になったら見直されることもあるだろう。実際内容とすれば、もっと後になってみると腑に落ちる部分も多いはずだ。

 一つ。この作品には実に多くの暗喩が含まれていると言うこと。場面場面の小ネタや、その脇に置かれてるアイテムなど、いくつも存在する。分かりやすいたとえで言えば、ブローリン演じるブレトンが自宅の家に飾っていたゴヤの“我が子を食らうサトゥルヌス”は、経済事情を実に良く言い表した絵画であり、ギリシア神話の通りジェイコブを雇った上で放逐したブレトンは、そのジェイコブによって逆に経済の表舞台から追いやられることになった。これは分かりやすい例だが、他にもオープニングとエンディングで同じ構図でシャボン玉で遊ぶこども達の姿がある。そのシャボン玉の一つをカメラは追っていき、割れそうになったところで画面から逃げていく。シャボン玉はそのままバブルであり、次々に出来ては弾けていくバブルだが、常に次のバブルは待ち受けており、それがずっと続いている、あるいは続いていくと言う事を暗示した内容になっている。他にも煙草の使い方が上手い。基本的に登場する若者達は煙草を口にしない。だけど、会社が潰れて転職のために荷物片手に葉巻を吸ってる同僚がいたり、ゲッコーも前半では結構良く煙草を吸っていた。かつての煙草はエレガントさを表すアイテムだったのが、今では負け犬を示すアイテムに替わっていることをさりげなく伝えているシーンだ。こういったアイテムの使い方は意外に多く、細かく見ていくと、とても面白いものだ。

 …そんな事を考えながら観ていたら、全然退屈しなかった。メインの物語である親子の修復は陳腐な描き方しかしてないし、経済的な事情はほとんど説明無しなので分かりづらい。でもそれ以上に映画的な味わいの良さが本作にはある。なんかとても楽しい作品だった。

 意外なところで映画的な面白さに溢れた作品だし、繰り返して細かく観た方が味わいは増すと思われるので、本作はDVDなどでじっくり観ることをお薦めしたいところ。映画批評家の大部分は辛口なのが少々寂しいが、少なくとも苦手意識が強いストーン監督作品の中では最高に面白いと思った作品だった。

(評価:★4)

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