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[コメント] 英国王のスピーチ(2010/英=豪)

つくづくイギリス人って度量深いよな。日本でこれやったら、大きなハコでは公開できない。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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 2010年度の作品賞オスカー候補として挙げられていたのは『ソーシャル・ネットワーク』(2010)で、実際この作品を観たときは、「あのフィンチャーがここまでのものを作るようになったのか」と感慨深かったし、個人的に言わせていただければ、これにオスカーを取って欲しかった。少なくとも2010年の終わり頃まではたぶんこれで確定という空気もあった。しかし年が変わったあたりから少しその空気というものに微妙なものが加わった。そう。『英国王のスピーチ』という言葉が混じるようになってきたのだ。そして時間が経つに連れ、どんどん『ソーシャル・ネットワーク』が後退し、本作がクローズアップされるようになっていった。そしてその結果はご存じの通り。見事に本作がオスカーをかっさらってしまった。

 それで今回は『ソーシャル・ネットワーク』と本作の違いというものに集中して考えてみたい。

 『ソーシャル・ネットワーク』は極めて現代的な、こう言ってよければ、非常に“新しい”タイプの伝記作品だった。実際その主人公のモデルは生きているどころか、まだピンピンの30代。人生はまだまだこれからの人物。それをあれだけあからさまに描いたということで評価を受けたし、描かれている内容もとても興味深い。今も生きている人を極めて冷徹な目で見据え、良くも悪くも描かない。正直、だからこそこの新しい伝記映画にオスカーを取って欲しかった。それに対して本作は実に伝統的な、ある意味オーソドックスな伝記であり、あまり新しさは感じられない。でも、これがアカデミー会員の目に魅力的に映ることは納得がいく。

 確かに本作は『ソーシャル・ネットワーク』と比べてしまうと新味はあまり感じられないかもしれない。しかし、ここに込められているちょっとした毒がうまい具合に働いている。

 映画人は昔から革新を旨にしている。それは現体制に対する批評であったり、あるいは社会の変革を描いたものが好まれる。一方ではアカデミーを始めとするアワードは、伝統やベテラン俳優の落ち着いた演技などの方を好む傾向が強い。そういう意味では多少の矛盾が生じているのだが、そのどちらも満足させられるものがあるなら、それこそ賞を総なめにしても不思議ではない。

 『ソーシャル・ネットワーク』は確かにスキャンダラスではあったが、出てくる役者の若さもあって、伝統的な映画からは少し外れているのだが、本作の場合、作りこそ伝統的とはいえ、内容は英国王室の恥部を暴くもの。スキャンダラス性で言えば、こちらの方が上を行っているのだ。そういう意味では『ソーシャル・ネットワーク』の最大の売りの部分をきっちりと押さえ、さらに重厚な演技と、演出を加える。はっきり言って、これがオスカーを取らずして他がとれるか!という位完璧な作品だった。

 正直内容そのものよりも、ここまで賞向きの作品を作ってしまったことの方に感心を覚える。見事に計算された作品だった。

 内容的には、ちゃんと事実に即して作られた作品ではあるが、これ『わが教え子、ヒトラー』(2007)と内容的にかぶってしまうので、完全に楽しめたというわけではないが、演出力の凄さで物語を引き上げてくれたし、役者があまりにも堂々たるキャラばかりなので、それだけで充分。ラッシュ、ファース共にヴェテランの貫禄充分だが、ボナム=カーターなんて、最近エキセントリックな役ばかりしか演ってなかったけど、実際まともな役をやると見事なもんだ。

 しかし、それが良いことなのか悪いことなのかはさておき、何かと映画ではやり玉に挙げられることが多いけど、イギリス王室って、こういう作品をちゃんと許可するから凄い。仮に日本だったら、こんな内容やったら予算が付かないだろうし、そもそも公開すら危ぶまれるだろうに。

(評価:★4)

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