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[コメント] ゼロ・ダーク・サーティ(2012/米)

後味が良い作品じゃない。でも、だからこそ本作は評価されるべき。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 本作は911テロの首謀者とされ、10年もの間姿を隠していたが、ついにCIA主導の特殊部隊によって殺されたとされるオサマ・ビン・ラーディンを追い詰めたCIA職員の話となる。

 ビン・ラーディンを追いつめるまで、どれだけの金と人員を遣ったのか?と思いきや、実際には人も金も無い状態で、ほぼ一人だけで追いつめていったと言う事実を描いた話として仕上げられているのが特徴(それでも実質的にはすごい金額かけられてるんだけど)。

 こういった歴史の裏を扱った作品は、素材として大好物であり、観る前からすごく期待もしていた。

 そしてものとしては期待通りの出来。監督のオスカー受賞作『ハート・ロッカー』よりも映画としては上行ってる。特に演出力は突出しており、これだけ長い作品で、しかも淡々とした物語展開なのに、片時も飽きさせずに最後まで緊張感持ったまま観ることが出来たし、ハイテクとローテクの入り混じった情報戦や特殊武器の運用方など、興奮できるシーンも多々(ステルスヘリの置き場所にエリア51が出てきたのには思わず笑ってしまった。ここってこういうことをしてたんだね)。極めて高水準にまとまった作品と言える。

 多分現在のハリウッドでは最もマッチョな作品を作る監督だろう。こんな尖った人が映画界にいるってだけで嬉しくなってしまう位だ。

 それで高得点を上げたいところは山々なのだが…なんでだか、観ている間は終始はまりきれない部分を感じてしまった。

 それは多分、本作の根本的なところ。

 この作品を通してやってることとは、一人の老人を殺すため。ぶっちゃけて言えばこれだけ。

 ビン・ラーディンの暗殺が歴史的な意味はなんだったのかと言うと、911の総括と言う以外にはない。これは多くのアメリカ人の心情を代弁した行為かもしれないが、ビン・ラーディンはアルカイダの精神的リーダーとされてはいるものの、911以後の世界において何事をしていたとはされていない(本作でも具体的な例は挙げられていない)。一人の老人殺すだけの話だし、そのためにこれだけの労力と時間を浪費してしまった。その間にも中東におけるアメリカの立場は悪くなる一方で、これらの行為の中でますます嫌われることになる。

 そんな中、主人公のやってることは、現地の人と融和することなく、こもってひたすらビン・ラーディンの居場所を探すことだけ。誰とも交わりを持つことない。まだ『ハート・ロッカー』には存在した現地の人間との交わりもない。拷問シーンもリアルで、しかもアメリカ側が拷問を与える側なので、どうにも気分が悪くなってくる(軍が拷問を行っていることが報道され、拷問禁止が出たこともちゃんと描かれている)。

 更に最後のビン・ラーディン暗殺では大変なリアリティを持ってたのだが、リアルな分、残酷な殺しもモロに出してるし、そんなシーンを見させられるこどもの表情も出ている。だから最もテンション上がるところで妙に醒めてしまう。

 ここまで描く必要あったのか?と言うのが本音。後味の悪さが残った。

 大好物の設定なのに、こんな中途半端な気分にさせられるとは…

 そんなことで、諸手をあげて本作を礼賛するつもりはなかった。

 だけど、観てからしばらく経った後で考えるに、この後味の悪さこそが一つの狙いだったようにも思えてきた。本作の描いていることが、アメリカの行為を正当化しようとしてではなかったのでは?

 「ビン・ラーディンが死んだ。良かったね。アメリカ万歳」と言う単純なものではなく、「こういう真実があるけど、あなたはどう思うか?」と問いかけられていると考えるなら、この後味の悪さこそが意味を持ってることになる。淡々としたリアルな描写も、監督が一歩引いて偏見なしに描こうとしてるのかもしれん。

 そういう風に考えてみると、逆にそういったアメリカ万歳の内容を期待して観に行った自分自身が恥ずかしく感じてしまうくらい。

そういえば『ハート・ロッカー』も決してすっきりした作品ではなかった。あまりに淡々と描かれたため、ようやく除隊した主人公が何故再び戦場に戻っていったかが分かりづらかった。私なりには、あれは爆弾に怯えるこども達を救うためだと解釈しているが(故郷に帰った主人公が息子を抱き抱えるシーンがあったためにそう考えた。仮にあのシーンで銃の手入れをしていたりしたら逆の解釈してただろう)、あれだって観る人によってはネガティヴイメージとして捉えるだろう。

 ビグローは、淡々と事実を羅列することだけを行い、最終的な解釈は観てる側の人に託そうと考えているのかもしれない。だからこそ、アメリカ側にとっては不利にしかならないような描写も会えて行うし、同時にこの行いの意味合いも描こうとしている。

 少なくとも、後味の悪さを感じるからこそ意味を持つ作品というもあるものだ。

(評価:★4)

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