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[コメント] リンカーン(2012/米)

エンターテインメントとして観るのではなく、裏を含めた歴史を学ぶために観るべき作品だろう。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 少なくともこれがオスカーを取れなかった理由については理解できる。

 まず、出てくるキャラに関しては素晴らしいと思う。出る度に賞を総なめにするデイ=ルイスに関しては申し分ない演技力。苦悩の中にあって、それでも希望を捨てない大統領の姿を見事に演じきっていたし、タデウス・スティーブンス役の助演のジョーンズの存在感も素晴らしいものがある(この人は宇宙人ジョーンズなんてものをやるよりもこういうどっしりした役を演じる方が遙かに似合っている)。登場人物の一人一人がきちんとした演技力を見せているので、その意味においては素晴らしい作品であることは認めよう。

 ただ、問題として、この作品を通してリンカーンが何をしたのか。この点がとても曖昧。結局リンカーンが何をしたかというと、類い希なるリーダーシップを発揮して奴隷制を廃止しようとしたのではなく、上院の選挙結果を優位に導こうと根回しをしただけに過ぎない。

 そういう意味ではとてもリアリティが高いのだが、「だから何?」と言われればそれだけの話であり、リンカーンを主役にする必要性が低すぎないか?家族問題を挿入することでリンカーンの苦悩を描こうとするも、描き方が中途半端で、それが上手くいってるとも思えない。むしろジョーンズ演じるスティーーヴンスの方を主役にした方が物語としてはしっくりくるくらい(それでは映画にならないとも言えるが)。

 政治的にリアリティある作品作ろうとすると、こういう面白味のない作品になるのだが、これはかつてスピルバーグが『アミスタッド』で通ってきた道だった。その反省が全然活かされてないように思うのだが、その辺エンターテナーとしてのスピルバーグの思いはどうなんだろう?

 それに、この描き方ではアカデミー賞の受けはあまり良くないだろう。

 奇しくもオスカーを得た『アルゴ』同様、本作は古き良き時代のアメリカの歴史を扱っている。だからこそアカデミーの受けは良いかと思われたのだが、本作のリアリティは、そんなノスタルジーを感じさせられないように作られている。

 ここで描かれるのは暴力あり買収ありの選挙のリアリティ。正しさを主張するためには積極的に汚れてやるという意志に溢れている。アメリカというのは建て前をとても大切にする国なので、実際はどうあれ、正しい行いをする人はクリーンで正々堂々であってほしいという思いがあるはず。

 そしてそんなクリーンなイメージを持つ代表がリンカーンという人物だった。  そんなリンカーンをこの作品では敢えて汚れ役として描いたのだから、受けが悪いのは当然だろう。言ってしまえば、アメリカ人が見たくないものを無理やり見せられたようなものだから。

 そんなことが分からないスピルバーグではないと思うのだが、その辺もどう考えてるんだろうな?もしこれがスピルバーグの意地で作られたのなら、これはプライベートフィルムとして考えた方が良いだろうな。少なくともエンターテイメントとしての作品ではない。

 ただ、史実としてのリアリティは大変高いので、歴史ものとして考えるならこれもありだろう。特にアメリカ人にとっては自国の歴史認識を改めるには良いとは思う。こういう汚れ役をひっくるめてこそ、本当のヒーローとは何か?と考えさせられるのだから。

(評価:★4)

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