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[コメント] 県警対組織暴力(1975/日)

流石にこれを「実録」と言ったら、各方面から苦情殺到だろう。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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 深作欣二監督が発明したと言っても良い実録ものが一気に流行った70年代。この波に乗った東映は矢継ぎ早に『仁義なき戦い』のシリーズを投入することになるのだが、その合間を縫うようにして、実録に見立てた完全フィクションの作品をここに投入。仁義シリーズのほんの少しの空いた時間を使った早撮り作品かと思うのだが、本作は映画としての完成度が高く、東映暴力ものの傑作の一本として数えられるものとなっている。

 監督や脚本が意図したかどうかはともかく、本作の完成度をぐっと引き上げているのは、“正しさとは一体何だ?”という領域を描いていることだろう。

 正しさというのは人の数だけあると言われればそれまでだが、フィクション、特に映画においては結構それは明確で、立場の弱い人間に対して寄り添う立場というのが正義の基本となる。時にそれは法よりも優先されるべきものであり、逆に弱いものを虐げる以上、法を守る立場にある人間を悪者とすることも映画的文脈では正しい正義のあり方となる。  その立場から見るならば、仁義を貫き、弱いもののために戦う立場にある暴力団も正義になるし、周りからいじめられ、立場を弱くしているならば、彼らは弱いものであり、それを助けるのが正義となる。

 これは明確に話されることはない不文律なのだろうが、映画を観る人は基本その文脈で映画を観ることになる。

 しかるに本作は、主人公が汚職警官でやくざものとの癒着を深めているという立ち位置にある。彼にとって、今や落ち目のやくざものは、弱い立場にある存在であり、彼らを助けることは、映画的には正義となる。

 しかもやくざ役の松方弘樹の存在感が何ともいい具合で、彼との友情を壊したくない。壊すのは正義にもとる…ように見えてしまうところが絶妙。

 彼を助ければ映画的には正義を貫くことになるが、法的にも倫理的にも間違ってる。しかもその間違っていると言う事を明確にした上で、やはり映画的正義を敢えて強調する作りになってる演出が又見事。

 (法的倫理的に)正しい事を取るか、(映画文脈的に)正しい事を取るか。正しさと正しさのぶつかり合いをこれだけ正面切って描いたのはなかなか見られない。そのぶつかり合いを観ることが本作の醍醐味だろうし、その結末はなるほどこう落とすしかないのか。というもやもやしつつちゃんと落としてる部分も上手い。

 そんな意味も含め、確かに本作は東映70年代暴力映画の傑作の一つに数えることが出来るだろう。

 ちなみに本作は倉島という架空の地方都市を舞台にしているが、実質的には広島が舞台で、『仁義なき戦い 完結篇』のその後の話でもある。流石に警察を巻き込んだ話のため、実録にすることが出来なかったという裏事情も垣間見られる。

(評価:★4)

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