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[コメント] キングスマン(2015/英)

これだけ正統的なスパイ映画がこの時代に作られるとは。そこに喜びを禁じ得ない。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 マーク・ミラーのグラフィックノベル「キングスマン:ザ・シークレット・サービス」の映画化作。先に同じマーク・ミラーの「キック・アス」を監督して頭角を現したヴォーン監督にはまさしくうってつけの素材とも言える。でも一番重要なのは、ヴォーン監督がイギリス人であるという点だろう。これは別段偏見とかではなく、スパイものの映画を作る監督はイギリス人監督がとても多く、007シリーズも伝統的にイギリス人監督が作り続けているという事実から。これだけでこの作品は「伝統に則ったスパイ映画ですよ」という宣言をしているようなもの。これだけでまず本作は第一段階クリアってところだ。

 そして設定が良い。

 スパイ映画は古くから作られてきていたが、普通のアクションものとスパイ映画というのは同じようでいて微妙に違いがある。それはアクション映画の大半の主人公が巻き込まれ型の受動的な立場に置かれているのに対し、主人公のスパイが能動的に動くことによって物語を進行させるという構造的なものと、主人公はあくまで取り乱すことなくエレガントに振る舞うという主人公のキャラ造形に負っているところが大きい。つまり、スパイ映画の主人公はイギリス紳士であると言う事と結びついているわけである。

 特にその辺は007シリーズで顕著。初代ボンドであるショーン・コネリーがそれを形作ったわけだが、この当時のボンドは、劇中何度死んでもおかしくないところを、はったりやら幸運やらで生き残る。それがたとえとんでもない偶然出会ったとしても、それをさも当然の如くの表情で、エレガントさを崩さないというところに魅力があった。

 それが一種のアイコンになってしまい、それを揶揄するような映画が後に多数出てきたし、当の007シリーズも、時代の流れによって形を変えていった。特に2000年代になってボーンシリーズがスパイ映画の新境地を拓いてから、大分スパイ映画も大分様変わりしてきた。

 それはそれで時代の流れとして仕方ないところもあるのだが、昔のスパイ映画が好きな人間にしては、何か寂しい思いをさせられてきたものだ。

 そんな時に不意に現れた本作は、それらの溜飲を思い切り下げさせてくれる、まさしくイギリス流古き良きスパイ映画って感じだった。

 物語の設定自体は地球規模の大がかりなもので、ユーモアも多く、古き良きイギリス人たらんことを一種の皮肉を用いて演出してるのも良い。とにかく劇中イギリスを思わせるアイコンがやたら沢山出てくる。例えばそれはパブでギネスを飲むという行為であり、エグジーの実家の小さな集合住宅であり、オーダーメイドの服であり、傘であり、犬である。又、どの大学を出たかでその人物の価値を見定めてしまう不遜さもやはりアイコンとして機能してる。それらを程よくユーモアたっぷりに場面に散りばめつつ、どこか悠々としたスパイ活動が描かれていくのが楽しい。画面の一つ一つが、「いかにも」という演出に溢れているので、イギリス好きなら、これは絶対に楽しい。

 登場するキャラも基本的にはイギリス人俳優で固め、いかにもそれっぽい行動を取らせるのも観ていて楽しい。その典型的例がアメリカ人富豪ヴァレンタインとハリーの食事シーンだろう。背伸びする気持ちが全く無いヴァレンタインは、おそらくは動くのが楽という理由だけでパーカーとスニーカー姿。対するハリーはバシッとスーツで決め、食事も作法通りに行おうとするところ、そこでいきなりハンバーガーが現れる。それに対し、平然とした口調で応対する。自分達の仲間に対して礼儀作法を事細かく語り、自分自身は徹底して「紳士たるべし」と言い聞かせているからこそ出来る作法がそこにはある。

 こう言った細かいところに本作の本当の楽しさがある。

 そして本作ではコリン・ファースの名演が光る。主人公はエガートンだけど、そんなもん完全に食ってしまい、ヴェテランエージェントとして、見事な紳士ぶり、そして見事なアクションを見せてくれた。この人基本的に表情が硬いので、感情の起伏をあまり見せないハリー役にはうってつけだし、「これぞイギリス紳士」という格好良さに溢れた魅力を存分に発揮していた。流石『英国王のスピーチ』(2010)で国王演じただけの力量がある。しかも脇にマイケル・ケインが控えてるってだけで、もう「本当に分かってらっしゃる」って感じでもある。主人公のエガートンも、スーツを着ていると言うよりスーツに着られてる感じの初々しさが見事にはまってる。

 ところで本作を語る上で一つ大きなキーワードがある。“manner makes man”という言葉で、字幕では「マナーが人を作る」となってるが、この訳はちょっと惜しいかな?ネットで見かけたため、自分の主張でないので恐縮だが、これはやっぱり「礼節こそが人を人たらしめる」とした方がぐっとイギリス紳士らしい言い方になる。

(評価:★4)

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