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[コメント] レヴェナント:蘇えりし者(2015/米)

移動距離実に320キロに及ぶ箱庭映画
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 イニャリトゥ監督の前作『バードマン』は完全に映画マニアのこじらせ作品だと認識しているのだが、今度は極限のサバイバルと自然を描く作品とされ、全く毛色の違う作品になるんだろうと、少なくとも本作を観る前まではそう思っていた。

 だが、結果として、やっぱりこれ、映画マニアがこじらせた作品そのまんま。映画マニアのイニャリトゥ監督のカラーがこれでもか!と出ており、ある種完全に作風は固まってる感じを受ける。

 箱庭のような世界での作品を得意とする監督が大自然の作品を作った時にどうなるのか。それは、どんなに広大な作品を作ったとしても、やっぱり箱庭になるということである。

 確かにスケール感はあるし、大自然の厳しさってのも凄いレベルで感じる事は出来るのだ。ただ、出来たものを観ると、“主人公が移動した320キロの長さに及ぶ箱庭”感が半端ない。

 大自然を映しているのだし、事実目の前にあるのは大自然であるのに、この作り物じみた感覚は一体何か?と考えるに、それはこの作品が壮大な映像的技術によって作られているからであろう。

 ここで出ている大自然は、どことなくリアリティがない。それは見ている側の人の目が、「これはどこかで見たような?」という思いをさせられるからだろう。

 それは例えば、タルコフスキーであったり、ベルイマンであったり、はたまた黒澤明だったりする。かつて映画の中で観た大自然の描写を監督は再現して見せようとしたのだろう( 私の場合、この作品を観ている内にシュトロハイム監督の『グリード』(1924)を何故か思い出した。)。だからこそ、目の前にあるのは大自然なのに、それが作られたものに見えてくる。物語の端々に現れてくる心情風景も又、その作り物っぽさを強調している。

 そんな作り物っぽさの強調こそが監督の狙いかと思うし、だからこそ本作はとても特徴づけられた作品になっている。

 更に、本作はサバイバルっぽさがないのも不思議な特徴になっていると思われる。普通この手の作品は、大自然に挑む人間の努力や、乗り越えていく力を描くものだ。勿論本作でもその描写は多々あるのだが、むしろ本作で描かれるのは、どんなに努力していても死ぬ時は死ぬという達観に彩られてる感じがする。人がどれだけ努力していても自然は人間には微笑んでくれないし、どんなに生きる意志があっても人はあっけなく死ぬ。大自然に挑んで人が生き残るのは、ほんとうに偶然にしか過ぎないということを淡々と描いているかのようだ。そんな虚しさのようなものが根底にあるからこそ、本作はどこか全てを突き放した達観を見せる事になる。本作がベルイマンの作品を思わせるのはそこにあるのだし、監督自身も、そこを目指したのではないだろうか。

 その結果として、本作は掛け値無しに映画マニアが作りたいように作った作品にしか見えないものになってしまった。そしてそれはそれで、とても心地良い。実にこれは正しい、イニャリトゥ監督の映画なのだから。

(評価:★4)

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