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[コメント] 未来のミライ(2018/日)

一流と言われるアニメ監督はことごとく我が儘を通してきた。たぶん細野監督はその一歩を踏み出したのだろう。好意的に見るならば。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 本作は監督の作品としては珍しく、否定的な意見の方が多いし、これが批判されるのは当然だと思う。

 まず監督の過去作品はしっかりした物語性が特徴だった。確かにいろんなアラはあるものの、物語の起伏もちゃんと計算されて作られていて、監督作品が評価されたのはこの丁寧さに負うところが大きい。

 そして単独のアニメーションとして、狙った世代に届く丁寧な作りだというのもあるだろう。例えば『時をかける少女』や『サマーウォーズ』なんかは高校生の思い出に結びつくことで、リアルタイムのみならず、ノスタルジーも感じられて上の世代にも受け入れられたし、『おおかみこどもの雨と雪』なんかは母親の記憶を呼び覚まされることで、子育て世代のみならず、多くのファンを生んだものだ。

 そして何より、主人公達が作品を通して冒険を行うことによって、しっかり成長物語になっていた。

 これらのことがあって、広い世代に受け入れられる作品を作り出してきたのが細田守という監督だった。このバランス感覚の良さは他の監督と比べても顕著な良さであり、それが監督の個性とも言えた。

 本作を見に行った人のほとんど全員がこれまでの細田監督のバランス感覚を期待していったのかと思うのだが、本作はそれをことごとく裏切った。

 本作は主人公が幼児であり、現実と妄想の世界を行き来するという物語なので、物語性はほとんどなくなった。ストレスのあまりくんちゃんがどこか別の世界に行く夢を見て、夢から覚めたら、またままならない現実と直面し、またストレスを溜めて別世界に行く。そんなミニストーリーの繰り返しで脈絡がなく、それぞれの妄想の中での危機も、それが夢である事が分かっている以上、なんの緊張感もない。

 それに主人公が幼児なので、成長物語として考えてもちょっと難しい。幼児は同じような失敗を繰り返して徐々に成長していくものなので、一つの気づきで一気に成長する訳ではない。その辺リアルに描いたことで顕著な成長が見られなくなってしまい、物語が遅々として進んで見えない。

 …と言う事で、今まで培ってきた細田作品をことごとく裏切る作りになってしまった。それが本作の弱みである。そして多分、それが本作に対する一般的な評価になるかと思われる。

 でもそれでは本作を語るには勿体ない。この作品にはたっぷりの魅力もあるのだ。

 何より本作は、リアルタイムでの監督の嗜好というのを見事に表している。もっと極端に言えば、これまでかなり押さえられてきた監督の欲望をたたきつけてきた。

 それは例えば幼児の肉体精神の柔らかさであったり、我が儘な感情を愛でる感覚であったり、半獣人間だったり…まあ、ある意味突き刺さる人には突き刺さるニッチな思いだが。

 「俺が描きたいのはこれだ!」というストレートな欲望こそが本作のモチベーションであり、本当の意味でストレートな作家性を出せるようになったというのが本作なのだ。

 これまでの作品の中でもいろんな嗜好が入り込んでいたが、それらはバランスの取れた物語の中でアクセントとして使われるものに過ぎなかった。

 最早それでは我慢出来なかったんだろう。アニメーション監督だったら一生に一本作れるかどうかと言う、フェティ満載の作品を作れる機会を逃さずに、本当に自分の性癖をぶちまけたようなものを作ってくれた。

 その点に於いて本作は絶対支持である。

 お上品なバランス感覚にお溢れた作品なんぞよりも、妄想全開でぶっちぎったような作品の方が面白いのである。

 それに見ろ。いわゆる巨匠と言われている宮崎駿だって押井守だってバランスなんて全く考えない妄想作品を垂れ流すことで評価されてきたんだ。細田ほどの実力者がそれをやらんでどうする?

 この二人に続くならば庵野秀明、湯浅政明、細田しかいないし、少なくとも先の二人はその領域に入っている。やっと細田が覚悟を決めて足を踏み入れたと言う事を最大に評価したい。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ina ペンクロフ[*]

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