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[コメント] プライベート・ライアン(1998/米)

この作品を観ていると、スピルバーグは一種のブラックジョークを作ろうとしていたんじゃないか?などと考えてしまいます。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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 事実冒頭のノルマンディ上陸作戦の風景に打ちのめされた。映画でここまでやるか?ここまで徹底して汚らしく、そしてむごたらしく、“華々しいノルマンディ上陸作戦”を描いた作品はこれまでなかった。これと較べると、かつて凄いと思った『史上最大の作戦』(1962)でさえ、まだおとなしく見えてしまった。しかも本作で戦場上シーンは、決して戦意高揚ではなく、完全に反戦の方向を向いている。かつて『シンドラーのリスト』(1993)によって、頭で考えさせられる戦争の悲惨さというものをむしろ直接目にたたき込むことをこれは目的としていたのかもしれない。

 一方では、スピルバーグはこれを挑戦として描いていたとも思える。監督は常に映像的に先駆的存在として走っていたが、本作ではCGを“あり得ないものを作り出す”技術としてではなく、“本来表現が難しいものをよりリアリティを出すため”の技術として用いている。CGにはそういう使い方もあるのだ。ということを直接ぶつけようとしているかのように思える。

 腕を吹っ飛ばしたり、落ちた内臓をかき集めたりと、凄惨な風景は、戦争であるからこそ描写可能であり、CGだからこそ出来るものとして捉えてる。このチャレンジャブルな姿勢こそがこの監督の魅力だ。

 この作品を語る人は、大抵最初の15分のことばかり語ることが多いようだが(監督が本当に描きたいものはそこに詰まってるんだろうとは私自身も思う)、実際の本作の主題はその後の、ライアンを捜してさまよう主人公達の姿にある。

 そしてこの作品のテーマというのもおもしろい。名もない一人の二等卒を連れ戻すという、それだけの目的のために海兵隊の精鋭数名が死線をくぐり抜けなければならないという…これほど阿呆らしいシチュエーションをよくみっけたもんだ。事実、この作品は、その“阿呆らしさ”こそが主題なのだ。よく言われる「戦争とはこういうもの」という考えを、「戦争とは、阿呆らしいものだ」というのを目に焼き付けようとするかのように。

 実際、設定において馬鹿馬鹿しいばかりでなく、直接ここではライアンの捜索隊のメンバーにそれを言わせている。しかしそれを命令としてきっちりこなさねばならないと言うところのやるせなさも感じさせてくれてる。逆に言えば、そんな馬鹿馬鹿しい事を命令として黙々としてこなそうとするハンクス演じるミラー大尉こそが一番の馬鹿者なのかもしれない。

 一種のジョークに近い命令。しかし同時にそれは命をかけた任務でもある。彼らはドイツ領内で孤軍奮闘で自分たちの生き残る道を模索しなければならなかった。

 最前線の更に向こうにある戦場。逆転の発想で考えるなら、彼らのやっていることは後方任務だ。事実、彼らの行く先々にあるのは、血湧き肉躍るような戦闘でもなければ、彼らの来訪を心から歓迎しているフランス人達でもなかった。逆に彼らを待っていた風景の大部分は牧歌的な平原ばかり。

 私がこの作品で心に残るのは、実は最初の上陸作戦のシーンではない。彼らが見渡す限り誰もいない平原を黙々と歩いている、それだけのシーンだった。

 これがいわゆるモンタージュ技法の役割を果たしているのは事実で、戦争中になんとのどかな。と思わせてくれたものだが、だからこそ強烈な印象を与えたのだろう。実に印象的なショットだった。

 実際の戦争というのは、その作戦の大部分は実は待機任務となる。一方、映画というのは時間の制約を受けるため、どうしても派手な戦闘を中心に描きたいものだが、本作の画期的な部分は、その戦闘シーンを徹底的にリアリティを増して描く代わり、オープニングとラストのほとんど2カ所のみにとどめたという点にあるだろう。お陰で戦闘時以外の時間がたっぷり取ることが出来、その中で戦争のばかばかしさを語ったり、あるいは自分自身の内面に入り込んで、様々なことを考えている描写を入れることが出来た。  主にオープニングの映像と、ラストの空しさで語られることが多い作品だが、実際はその間にある、一見冗長な物語にこそこの作品の主題を見ることが出来る。

 本作は“リアリティ”というのにとことんこだわった作品だが、それは本編より、様々な裏話でよく分かる。例えばオープニングのノルマンディ上陸に用いられた揚陸艇“ヒギンズ・ボート”は実物を借り受けて使用したと言うことだし、メインキャストは全員本当に10日間の軍事訓練を受けている(これを担当したのは退役海兵隊員のデイル=ダイ大尉で、10日間軍事訓練を受けるが、80キロの装備で雨の中を10キロメートル行軍させたり、睡眠は3時間の仮眠のみと言う過酷なスケジュールで、4日目に出演者の大半は出演を拒否したという)。

 ハンクスはこの時を述懐し、「あまりにもみにくい体験をしたせいで、皆が片意地を張ってしまった。疲れ果て、家に帰りたいと思っても前進するしかない。あの日、ノルマンディに上陸した兵士の多くが置かれた状況を、ダイは悪役の汚名をかぶることで実感させてくれたんだ」と語っている。

 ハンクスにとってもよほどの体験だったようだが、この人は実地で得た体験や知識を無駄にしない人で、後に『バンド・オブ・ブラザーズ』を製作しているのも特筆すべきだろう。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)死ぬまでシネマ[*] けにろん[*]

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