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[コメント] 僕の村は戦場だった(1962/露)

何という美しい映画だろう。そして同時に何と哀しい物語か。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 本作は多くのソ連製映画と同様に戦争を描いているにも拘わらず、明らかに国策映画とは一線を画している。それにしてもこのイメージはどうだ。「見事」と言う言葉が陳腐に思えてしまうほど。イメージと現実の両側面を縦横に駆使することにより、美しく、そして哀しい物語を紡ぎ出してくれた。

 イワンは未だ少年に過ぎないのだが、彼の頭の中には既に過去しかない。あの歳で未来は全て切り取られ、ただ彼の前にあるのは、現在しかない。彼にとっては祖国の勝利も、戦争後の事も意味を持たない。ただ目の前に現実化している憎い敵を一人でも殺そうとだけしか考えてない。彼が軍に協力するのは、単にそうすればより多くの敵を殺せるから、と言うのがはっきりと分かる。切り取られた未来の代わりに憎しみだけを詰め込んで生きている。

 最終的にイワンは軍を離れ、目の前の敵を倒し続ける。ラストで明らかにされるが、彼はそれを重ねてベルリンまで行って、そこで殺されている。現実の連続の繰り返しで、ナチスの中枢部まで食い込んでいるのだ。未来を復讐に賭けた少年にとって、これが一生を賭けた全てだった。だけどそれが彼にとっての最大の満足だったのかも知れない。

 彼が自分の一生に満足しているとすれば、その生き方はあまりに哀しかった。

 そしてこの映画の素晴らしさは、それを裏打ちする画面の美しさにこそある。未来を失い過去に生きるだけの少年の夢となって現れる、ほんの少しだけ過去の、そして絶対に取り戻す事の出来ない温かい交流と、子供っぽい夢の世界。

 井戸の底にある月を取れないかと手を伸ばす瞬間。降り注ぐ林檎の雨。現実から少しだけ遊離した夢の世界の広がり。

 そして冷徹な現実にある、冷たい水に覆われた光景。命の危険に曝されながら泥の中を這い進み、静かに降り注ぐ照明弾の中、雪の降る川をそろそろと進むシーン。

 対比的に夢で登場する温かく柔らかい水と現実の冷たく固い水を描く事により、過去と現在の少年の心の変化をも読みとる事が出来る気がする。

 タルコフスキー作品のレビューは本作で2本目となるが(一応大半は観たと思うんだけど)、この監督作品の場合、文字化して初めて自分がどんなところに感動したのか分かってくる。コメントを書くのは難しいけど、コメントのしがいのある監督だ。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)ボイス母[*] sawa:38[*] chokobo[*]

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