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[コメント] 野いちご(1957/スウェーデン)

正視にたえない思い出は、いつ、何のきっかけで封印が解け、「刃物」となり急所を切りつけてくるか分からない。その「いつ」が人生の終わりにさしかかる時だとしたら・・・なんて恐ろしく、残酷な話なんだろう。
くたー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







冒頭の夢では漠たる不安でしかなかったものが、次第に生々しい色を帯びはじめる。きっかけは何だったのだろう。おそらく車中で義理の娘に言われた「憎んではいない、哀れんでいる」、このヒトコトだったのではないだろうか。

思いもかけない「哀れみ」を受けたことから、屈辱的な思い出が次第によみがえる。老いた人間にとって「屈辱」ほど受け容れ難いものはないのではなかろうか。恋人の裏切り、妻の不貞。渦中に足を踏み入れることもできずに、ただ窓越しや枝葉の隙間から目の当たりにすることしかできない屈辱。つまりは彼はそれらを目の当たりにしながらも、渦中で身をもって痛みも悲しみも味わうことはないので「何も知らない(恋人が彼に突きつけたコトバ)」ことと同じだという屈辱的な事実。そのことがさらにあらゆる人とのもめ事への無関心に拍車をかけ、彼を冷淡で一定の距離から人を寄せつけない人間へとしていったのだろう。

さらに悪夢はエスカレートし、「医者」であることへの問いを絡めながら、あたかも臨床実験の材料のように自らにメスを入れていく。そして全てを暴いたあとに残されたのは「孤独」。人生の終わり間近になってようやく「孤独」を確かな実感として肌で感じる。不安でたまらない彼は、今まであしらってきた友(家政婦)や親類に、救いを求めるように優しさを投げかける。周囲はそれに優しさで応え、そして彼を許し始め、表向きは全てが氷解したかのように見える。しかしそれでも彼の不安は止まない。友も去り、肉親も去り、旅先の若者たちも去り、一人部屋に残された彼は、共に理解し合える伴侶の代わりに若き日の甘い夢を抱いて床に就く。

ハッピーエンドのようでいながら、底には彼の人生に対するなすすべもない諦念が流れているように感じ、何とも遣りきれない思いに駆られる。ベルイマン自身は「人間の肯定」をこの作品に託したのだと言うが、それは「孤独」であることを知っていれば、あらゆることは許すことができるということなのだろうか。ともあれそれがいかに耐え難い事実だとしても、気付くことができずに漠たる不安を抱えたまま「死」に連れ去られるよりも、これまでの人生の意味を気付けたことで死を迎えられる彼は、まだ良かったのだと思いたい。

追記:これ以上長くなっても収集つかなくなりそうなので細かく言及しないが、登場人物の一人一人がとても利いていた。例えばあの若者三人組も老人に優しさを投げかけながらも、あまりに「無邪気」な優しさゆえにときにそれが棘にもなる(花束を渡しながら「あなたは人生のあらゆることを知っている」というクダリなど)トコロなど、何とも的確で秀逸だなぁと思ったり。

(2002/8/16 再見)

(評価:★4)

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