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[コメント] 太陽を盗んだ男(1979/日)

レナード・シュレイダーの遺伝子を受け継いで長谷川和彦が産み落とした日本のトラヴィス。走る棺桶・タクシーから夜の街を見るように、アパートの屋上から黄昏の街を見下ろす。
空イグアナ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この映画は昨年(2005年)DVDを見て、その面白さにびっくりした。同じ年に映画館で見た他の新作を抜いて「今年のベスト」に選びたいくらいだった。

(※本文は『タクシードライバー』のネタバレも含みます。この2つを比較するのなんて、今さら斬新な視点でもないのだろうけど。)

「この街はとっくに死んでいる。すでに死んだものを殺して何の罪になると言うんだ。」「ふざけるな!お前みたいな人間に人を殺す権利などあるものか。お前の殺していいたった一人の人間は、お前自身だ。お前が一番殺したがっている人間は、お前自身だ。」

クライマックスの会話に、この映画の全てが詰め込まれている。

主人公は現代社会に絶望している。そして自分の人生に生き甲斐を感じられない。今日も汗水流して働く。世のため、人のために。みんな働いている。子供や学生は勉強する。社会の歯車の一つとして。こんな人生に意味があるのか。

しかしだからといって、自殺がしたいわけでもない。自殺する勇気なんてない。そして今日もまた、平凡な一日が始まる。(デパートで追いつめられても自殺できないことや、菅原文太と屋上から落下するとき情けない悲鳴をあげることからも、彼が死を恐れていることは明らかだ。プールで自分の死体を見たのも、その投影だろう)

この悩みは、レナード・シュレイダーの弟であるボール・シュレイダーが脚本を書いた『タクシードライバー』とも重なる。孤独の中で現代社会のつまらなさを嫌と言うほど味わい、片方は銃を撃つことに生き甲斐を見出し、もう片方は原爆をつくることに生き甲斐を見出した。銃の練習をするところなど、「タクシードライバー」を意識したような場面もある。

「タクシードライバー」を観たとき私は、「俺もトラヴィス予備軍だな。」と思ったものだが、この映画でも同様の感動を覚えた。

本当は、人生に意味なんて必要ない。目的が無ければ生きていてはいけないなんてルールは無いし、歴史に名を残すような偉業をなしとげなければ生きている価値がないというわけでもない。だから大抵の人は平凡な人生で終わる。それでもやっぱりデカいことをやってみたいと思う。誰でも持っている欲求だ。

だから主人公はつくった。都市一つを破壊するほどの兵器、原子爆弾。彼はまさに馬鹿デカいことをやってのけたのだ。

原爆を完成させた時点で、主人公の目的は達成されたのだ。『タクシードライバー』でトラヴィスが2時間かけてやったことを、この映画では1時間でやってしまった。目的が達成され、次の目的が見付からなければ、迷走するしかない。

ラスト、ボロボロになった主人公はすべてがどうでもよくなったように歩き続ける。時の流れに身を任せるように。そして政治的な目的も何もなく、原爆は爆発する。このラストが素晴らしい。「みんなを道連れにして死んでやる〜。」と積極的に爆発させたのだったら、こんな感動は得られなかっただろう。自分でも何をしたいのかわからない。このあやふやさがこの映画に共感できるポイントだ。彼には政治的な思想なんて無かった。彼はただデカいことをしたかったのだ。そして最後に一花咲かせて死んだ。そう、あまりにも大きな花火だ。(「この街はとっくに死んでいる。」と現代社会を批判しながら、プールで大量死を実際に目の当たりにすると恐怖する。彼には積極的に街を破壊する勇気もない)

ただ、『タクシードライバー』よりも見ていて疲れた。2時間半という長さもあるが、実際はもっと長く感じられた。DVDを見ている途中でタイムカウンターを見て、「えっ、まだこれだけしか時間がたっていないの?」と驚いた。キューブリックタルコフスキーの映画を観ても眠らなかったが、この映画を観ているときは眠いと言うより疲れた。

キューブリックやタルコフスキーの映画が、ジョギングのように一定のペースで、ゆっくりと着実に長い距離を進むのならば、この映画はまだまだゴールは遠いのにスパートをかけて短距離走並に全力疾走し、へとへとになって歩調がゆっくりになってもなお進み続けるといった感じだ。盛り上がったかと思えばまた下がり、追いつめられたかと思えば、原爆を取り戻して振り出しに戻る。映画というより、連ドラの総集編を見ているようである。

料理の仕方も「タクシードライバー」とはかなり違う。長谷川和彦という別の監督が撮った、別の映画なんだから、違っていて当然なのだが、最初見たとき「もう少しで日本版「タクシードライバー」になったのになあ。」と思った。

どうしても受け入れられないのが池上希美子の存在だ。馬鹿娘で腹が立つというのもあるが、主人公に味方がつくというのも気に入らない。ずっと一人で行動しているところが『タクシードライバー』のミソなのだ(仕事仲間や少女ジョディー・フォスターと話しても、どこかずれている)。「夜の街は汚れた奴らであふれかえっている。」そう言いながらタクシーを運転するトラヴィス。しかし他の人からみれば、彼だって「汚れた奴」の一人なのだ。孤独の中で客観的な視点を失い暴走していく。『タクシードライバー』も『太陽を盗んだ男』も、一人のわがままな男がとった勝手な行動を描いた映画である。味方など必要ないのだ。

もう一つ、受け入れられないのは、主人公が警察に勝ち続けているということだ。確かに主人公はデパートで追いつめられたりもした。しかし原爆は刑事の足下に隠してあったり、コードはどちらを切ってもよかったり、警察は翻弄されっぱなしだ。挙げ句の果てに、菅原文太は主人公が自分から名乗り出るまで、彼が犯人だと気付かない。

警察が翻弄される姿を見て楽しもうという気は、私にはないのだ。それは自分が国家や組織に依存していることを知っているからだ。同時に、国家に戦いを挑んでも、思い通りにはならないという現実を知っているからだ。原爆という最強の兵器を持っていたところで、要領が悪ければそれを使う間もなく取り押さえられてしまう。自分がそういう要領の悪い人間だということをよくわかっている。

そして何よりも、トラヴィスがヒーローでないことをわかっている。

新聞がトラヴィスのことをヒーローとして扱うラストに観客は違和感を覚える。同様に「太陽を盗んだ男」の主人公、城戸を国家という悪と戦ったヒーローととらえることにも、私は違和感を覚える。

だから私としてはむしろ、主人公が翻弄される姿をもっと見たかった。原爆という最強の兵器をつくっても、国家には勝てなかった。しかも何を要求すればよいのかも判らない。何を目的として戦っているのかすらはっきりしない。一体、自分は何をやっているんだ。つまらない生活から抜け出したくて原爆をつくったはずなのに、より深い自己嫌悪に陥る主人公。そして観客は翻弄される主人公を見て「こいつ馬鹿じゃねーの。」と言うが、それは映画を観ている自分自身の姿でもある。それが私にとっての理想の「太陽を盗んだ男」である。

(DVDの特典を見ると、企画段階で題名は二転三転している。最初は「笑う原爆」で、その後「プルトニウム・ラブ」「日本対俺」「日本を盗んだ男」。この中で私が個人的に好きなのは最初の「笑う原爆」である。逆に嫌いなのは「日本対俺」と「日本を盗んだ男」だ。「国家に戦いを挑んで一杯食わせた男」というイメージがあるからだ。)

そもそも『タクシードライバー』とは物語の構成が違う。『タクシードライバー』では、トラヴィスが一人で生活をし、夜の街を走り、惚れた女性からもふられ、そうした末にクライマックスの銃撃戦に到る。「太陽を盗んだ男」では、冒頭で電車に乗って主人公が部屋に帰ってくると、そこにはすでに原爆をつくる準備がされている。彼が何故、原爆をつくろうと思ったのか。そこにいたる過程は詳しくは描かれていない。(バスジャックの件があるが、あの旅行先で主人公は、自分が警官(水谷豊)を襲撃して拳銃を奪った事件を新聞で読んでおり、すでに原子力発電所への侵入を計画していたことがわかる。)

「タクシードライバー」のテーマが、ラストの銃撃戦に到るまでの「孤独」ならば、こちらは前半で原爆を完成させて以降の「国家への挑戦」なのだ。テーマが違うのだ。繰り返すがこれは長谷川監督が撮った、「タクシードライバー」とは別の映画なのだから。

文句をつけたけど、この映画のDVDは、「タクシードライバー」よりも多く見直している。原爆をつくる、というのが「タクシードライバー」の銃撃戦よりもはるかにスケールが大きいというのもあるが、「太陽を盗んだ男」は完成された映画を楽しむだけでなく、どのように撮影されたかを想像する(あるいはインタビューなどから知る)のが楽しいからだろう。(原子力発電所への侵入シーンがコマ落としになっているのは、写真を混ぜてごまかすためだね)

■追記

※菅原文太との最終決戦を前に、主人公は、プールでプルトニウムを処分する。そこに向かうときの街は、主人公以外に人の姿がまったく見られない。あんなところに誰が置いていったのか、乳母車がひっくり返っている。短いカットだが、結構気に入っている。まるで死と破滅を象徴するゴーストタウンのようだ。

※菅原文太の不死身っぷりは、DVDを見ながら声を出して笑ってしまった。このチャプターの題名が「太陽と不死身の男」だと気付いたときはまたおかしかった。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)いくけん TOMIMORI[*]

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