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[コメント] あしたのジョー(2011/日)

あしたはどっちだ。
ナム太郎

洩れ聞こえてくる世評ほどには悪い映画だとは思わなかった。しかし激賞するほどの作品でもない。昭和アニメの劇映画化という台風が激しく押し寄せてくる昨今だが、大型台風との前触れであったこの作品もまた日本列島に甚大な影響を及ぼすことなく過ぎ去ったものであったと言わざるを得ないだろう。予想していたこととはいえ、寂しいことではある。

とはいうものの、まずはよかったと思う点をいくつか挙げてみたいと思うのだが、ひとつには役者、特に男優陣の頑張り。これには素直に賛辞を並べてみたい。

まずは香川の段平。本人自身がものすごいボクシングファンであるとの話は聞いてはいたが、一見特異に見えるあのキャラクターをあれほどまでに自分のものにされるとこれはもう称賛するしかないだろう。個人的には力石戦の前にジョーの拳にテーピングするあの仕草にやられてしまったし、過剰になりすぎない台詞廻しにも役者としての一日の長を感じた。

次に伊勢谷の力石も想像以上に良かったと思う。私は冷たい人間だから体重の増減等を直接的な役者の演技への評価には結び付けたくはないのだが、本作の彼からは身も心も力石になりきろう、なりきりたいという信念のようなものが感じられてそこはきちんと評価したい。力石というキャラクターにはある意味ジョー以上の思い入れ持つコアなファンも多いことから、今回の伊勢谷のプレッシャーは想像を絶するものがあったと思うが、彼は見事にそれに打ち勝ったのではないかと思う。今回のこの経験を糧として、今後の大いなる飛躍を期待したい。

さらに山下のジョーについて。今回の彼にとっての不幸は、その周囲を前述の先輩役者たちに完全にガードされてしまって主役であるにも関わらずその輝きが最も薄く感じ取れてしまうところにあると思うのだが、それでも彼の演技自体は決して悪くはなかったと思っている。しかし、その存在が皆の期待するジョーの姿であったかどうかは別で、やはり野性味という点においては決して満足できるものではなかった。けれど、ジョーの持ち得る野性味を出せる若い役者がどこか他にいるのかと言われるとそれもまた問題で、そういう意味では誰が演じても満足というものにはほど遠い結果に終わることが予想される。そのような状況下においては彼はよくやったほうではないかということが言いたいのである。また、加えてドヤ街を作り上げた美術関係の仕事、あるいはボクシング指導に関してもいい線いっていたのではないか、と思った。

が、しかし、褒められるのはここまで。こと演出に関してはどうだったかというと、正直、見たいもの、見せなくてはならないものが見られず、見たくないもの、見せなくていいものが羅列していたという印象が強い。

例えば肝心のボクシングシーンにしても、伊勢谷山下も普通に撮っても悪くないレベルで見られるほどボクシングの鍛錬は積んでいたはずである。それを何故あれほどまでにカットを割り、速度を変え、凝った作りで見せなければならないのか、私にはちょっと理解できない。最初から最後まであんなことをしてしまうと、ボクシング本来の楽しさ、迫力といったものが軽減されるとともに、例えば力石の最後のアッパーがえらく安いパンチに見えてしまったように、映画的な効果すらも軽減されてしまうのにと、非常に残念だった。

また原作の前半をダイジェスト的に改稿した脚本も、入れたい台詞があるのはわかるが、台詞ばかりが一人歩きすると、それがあるが故に描き込み不足が露呈されたりするというものだ。例えばジョーの出所時に看守がいう台詞などは全く無意味なものだと思えてしまった。また無意味と言えば、本来は決して削ることのできない重要なキャラクターであるはずの白木葉子というキャラクターがこの物語の中に全く機能していないという点もどうかと思う。あの取ってつけたような幼少期のエピソードや、ジョーや力石に対する中途半端な立ち位置。これでは彼女の存在価値が全く見出せず、彼女自体が無意味な存在にしか思えなくなってしまう。

このようにこの映画は、映画自体をひとつの体と考えると、血肉の部分にはさほど悪い要素はないどころか魅力的な部分さえ見出せるものがあるのだが、肝心の骨がスカスカであるように思えて仕方ないのである。これではボディブローを一発食らっただけでアバラの数本簡単に折れてしまうというもので、ボクシングを描いた映画としてはいささか問題があると言わざるを得ない。

映画の中では段平がさかんに「あした」の意味を問うていたが、少なくとも自分には、この映画に関しては一部の男優以外に「あした」というものが見えなかった。寺山修司が書いた歌ではないけれども、また違う意味で「あしたはどっちだ」と路頭に迷うそんな映画であったという印象が拭いされないというのが正直な感想である。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)けにろん[*] Master[*]

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