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[コメント] 人情紙風船(1937/日)

堪らない。
ナム太郎

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







溝で始まり溝で終わり、侍の心中で始まり侍の心中で終わるこの映画は、朝の日差しと夜の闇、または晴れの日と雨の日という対比によって組み立てられている映画でもあるのだが、その対比が単なる画的な強弱にとどまらず、登場人物の心情の反映や活劇的な効果の拡大にも資するよう構成されているところに山中貞雄の天才を感じた。

冒頭、侍の心中により外に出ることを許されないという状況下で、長屋の情景や登場人物の説明をテンポよく示す手際の良さにも感心するし、そもそも新三と海野の両家が裏から簡単に行き来できるという、長屋という状況設定を生かした舞台作りのアイデアとその見せ方も素晴らしい。

また、そういった中で、悪いやつだが頭が切れる憎めない野郎と描き込まれる新三と(憎みきれないといえば、ヤクザの親分とその若い衆もどこか憎めない)、真面目だが縁故に頼るしか能のないどこか陰鬱な浪人海野のキャラの対比も堪らない。

さらに堪らないのは光の演出だ。例えば最後、橋の上で新三と親分が対決するときの水面と刀を照らす月の光。その光が海野の妻の刀を照らす光へと受け継がれ、やがてその光はまた深い闇へとかえっていくというその流れ。また、そこを言うなら遡ること数カット前、長屋の女衆の噂を耳に帰宅した妻が家へ入るときの扉の開け閉めの際の影の演出。さらにさらに、あの雨、雨、雨。そして雨の中に立ち尽くす海野や雨上がりの朝に光るあの水滴…。

ああ、堪らない。堪らない。

***

余談だが、これを観ると黒澤山中からの影響をモロに受けていたことがよく分かる。ベタなところでは処女作の撮影監督がわざわざ三村明だったり、あと『羅生門』や『八月の狂詩曲』のあの雨も、黒澤の頭の中には山中の雨がイメージとしてあったのではと思ってしまった。もっとも、作風自体はあまり似ているとは思わないが。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)ペンクロフ[*] 緑雨[*] 3819695[*] ジェリー[*]

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