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[コメント] わらの犬(1971/米)

ブッ殺してやる! ブッ殺してやる! ブッ殺してやる! お前ら全員ブッ殺してやる!
ペンクロフ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







御多分に漏れずオレもこの映画が描いた村人の悪意に戦慄し、凄惨な暴力描写に酔いしれました。オレがホフマンでもああするだろうし、いやイザとなったらビビッちゃって泣きを入れるかもしれないけれど、ああする男でありたいなあとは思ってます。しかしこの映画の最も暴力的で、最もやりきれない決定的瞬間は実はダスティン・ホフマン不在の場面で訪れる。それはスーザン・ジョージが昔つきあってた粗野な男にレイプされ、しかしレイプされたにも拘らず「オー、ホーミー、ホーミー」と言い出した瞬間だ。

そもそもスーザン・ジョージはメチャクチャ美人のくせに冒頭から白いトックリセーターにノーブラで乳首を立てて闊歩し、村人たちにパンツを見られたといって怒り、しかしハダカで廊下を歩いて村人にオッパイを見せつけ、ホフマンがかまってくれないとほっぺをふくらませてスネてしまう、どうにも無邪気で鈍くて無自覚で子供っぽい、いわゆる「天真爛漫な女」ってやつだ。これはまずい。彼女自身が魅力的なだけに非常にタチが悪い。無自覚なまま接した男どもを全員発情させてしまう、なんとも困った存在である。彼女とホフマンの夫婦生活は子供子供した微笑ましさに満ちていて、ケンカしたかと思えばイチャイチャする。彼女の気分はネコの目のようにくるくる変わる。

だが明らかなのは、彼女は地元のネッドネック的マッチョ軍団よりも、青白きインテリたるホフマンを人生の伴侶に選んだということだ。それは彼女自身にとっても、自分は理性的に生きていくんだ、地元のマッチョ的世界とは一線を画すんだという「生き方」の選択であったはずだ。

それがなんだなんだ! 昔つきあってたマッチョにレイプされたとたん「ホーミー、ホーミー」ですよ。お前、いくらなんでも天真爛漫すぎるよ! この場面は狩場で自分が撃った鳥の血にヘコむ、優しくもヘタレなインテリダスティン・ホフマンの描写と細かいカットバックで交互に描かれる。その絶望、その痛みたるや尋常ではない。命に代えても口に出してはならないセリフというものがこの世にあるとすれば、それはスーザン・ジョージがレイプ犯に言った「ホーミー、ホーミー」である。もう取り返しはつかない。かつてはあったかもしれない絆はコナゴナに壊れ、二度ともとには戻らぬ。

終盤の壮絶な闘いは素晴らしい。しかしそれ以上に素晴らしいことがある。闘いの中で何度となく精神薄弱の男を引き渡そうとし、その場限りの保身で頭が一杯になっていくスーザン・ジョージダスティン・ホフマンはレイプ事件(というかレイプ後のホーミー発言事件)を知らないままだが、夫の信念についていくよりも目の前の保身に飛びつく妻の姿を見て悟るのだ。オレはもう、見せかけの円満生活には戻れないと。今夜、信念をもって善良な市民の一線を踏み越えたのはオレだけであって、妻はついてこなかった。愛した女と歩んできた道は決定的に分かれ、もう交わることはないのだ。

精神薄弱の男を乗せて、先の見えぬ霧の中を走る車。帰り道が判らないという男に答えてホフマンいわく「オレもだよ」・・・このセリフにはシビれた! 一瞬オレも帰り道がわからなくなっちゃったよ。

(評価:★5)

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