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[コメント] TOURNAMENT(2012/日)

劇場内には非常ベルが鳴り響いているのに、スクリーンの中では誰にも聞こえていない
ペンクロフ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







何から書けばいいのやら、ほとほと困った映画だ。

流石のわたくしも正直言って、この映画で真剣勝負を見られるとは思っていなかった。ドキュメンタリーを騙ったフェイクドキュメンタリーだろうとは、鑑賞前から思っていたのだ。それでも、一応は「武道家たちの本気の闘い」を謳った作品である。フェイクドキュメンタリーの作り手は、フェイクだからこそ「真実味」や「迫真性」を演出するものだ。ところがこの映画は演出力皆無で、どうにも寒々しく居たたまれない45分間を耐え忍ぶ羽目に陥った。

フェイクドキュメンタリーの歴史は古く、映画の黎明期から存在した由緒あるジャンルだ。現代においてフェイクドキュメンタリーを量産している二大メディアは、アダルトビデオとテレビのバラエティー番組である。わたくしは訳あってこの両メディアにまんざら疎くもないのであるが、近年の水準から言ってもこの『TOURNAMENT』はひどすぎる。およそ最低限の、一応本当らしく見せようという意志さえ感じられない。いったい何がしたかったのか、本気で計りかねる代物だ。

映像の中の格闘がそれなりに振りつけをなされた擬闘であるのは明らかで、ありえない大技見せ技、寸止め当身のオンパレード。言うちゃ悪いけどねえ、オレ様ちゃんなんてあらゆるガチとあらゆるヤオを見続けて三十数年のキャリアですよ。ガチを匂わせる以上、擬闘にしても大技フィニッシュの連発は実にセンスが悪い。スローリプレイで寸止めを繰り返し見せられるのも、実に気まずい。この映画は観客に気まずさを平気で強要する。劇場内には気まずさの非常ベルが鳴り響いているのに、スクリーンの中では誰にも聞こえていない。呑気に延々闘ってらっしゃる。

振り付け以上にいただけないのが撮り方である。次に何が起こるか、明らかにカメラマンが知っているのである。カメラワークが、それを白状している。あのさー、きょうびは映像に迫真のハプニング性を纏わせるためならピンボケや手ブレを意図的に駆使し、本来ならさせるべきではないフレームアウトをあえてさせてみたりなんて技術は当たり前なんだぜ。それを何だ、何の工夫もなくタラタラ撮って、都合が悪けりゃ無神経にカット割って、カメラと編集が「これはガチじゃない」とゲロっちゃっておるのだ。監督の西冬彦は、フェイクドキュメンタリーをナメている。ナーニそんなの簡単だよ、身体能力のある演者がガチャガチャやってれば大丈夫、素人には判りゃしないよと彼は踏んでおるのだ。ナメた判断である。しかし「何をどうすればどう見えるか」を制御するのが演出の仕事の筈だ。西監督は制御以前に映像の演出をまるで判ってない。ド素人はお前なのだ。いっぺんソフト・オン・デマンドのアダルトビデオ作品『女空手家VSレイプ魔』とか見てみろよ、倫理的にはアレとしても100倍よくできてるぜ。余計なお世話だけど、ちょっと基礎から勉強したほうがいいと思いますよ。

この映画はなにしろ最低限の説明も無いので、人さまの前にお出しできる商品の体をなしていない。タイトルに反して、トーナメント表らしきものは一度も出てこない。武道家たちの情報も一切ない。「空手」「柔術」「軍隊式格闘術」などの、非常にフワッとしたテロップが示されるのみである。空手や柔術にもナントカ流とかあるだろうし、軍隊式ってどこの国の軍隊なんだ。映画は武道家たちの身元を頑なに隠蔽する。要するに、ちょっと心得のあるスタントマンの皆さんとしか受けとりようがないのである。或いは、本職の武道家をスタントマンとして使ったようにしか見えない。そんな気のいいスタントマンたちが、次々と現れては無造作に闘う(といっても内容は擬闘)だけだ。1、2回戦とやらに登場していない「ケンカ」の選手(ケンカって…)が3回戦から唐突に現れる。この人はひどい三文芝居のオマケつきだ。4回戦だか準決勝だかでいきなり「剣術」が(剣術って…)登場する。剣術というもののこの人は素手で、主に手刀で闘う。そうか、刀なんか持ったら勝負にもならないからなーなどと考えていたら、「特別試合」というパートで再登場する剣術の人は、今度は(模擬刀だろうが)日本刀を持って闘うのだ。刀身を当てない殺陣の振り付けをこなす技量は器用なもんであるが、この映画はオレをバカにしてんのかと本気で思った。もう、ホントに杜撰。ホントひどい。

さて優勝は、まーいったい何の優勝なんだか今もってよく判らんのだが、とにかく見事優勝の栄冠を掴んだのは、なんでも400年の歴史を背負うという「空水流武術」とやらの若者であった。監督がこの兄ちゃんを特別に気に入っていることは明らかで、こいつだけ試合前の演武が長かったり、追い込まれて気合を入れて逆転などという「ストーリー展開」を与えられているのである。次回作は彼を主演にしようとでも考えているのだろうか。『TOURNAMENT』は彼が主演の新作映画を制作するにあたって事前に撮られたテストフィルムなのです、と言われれば、わたくしも納得できる。DVDの特典映像としちゃあ、ちょうどいいかもしれない。オレはそんなもんを、1000円払って、新宿の映画館で、いい年こいて、ご鑑賞あそばしたんだけどな!

この映画の存在を知ってから実際に観るまでの2週間ほどの間、オレはネットで「空水流武術」を決して検索しなかった。そんな実在するかどうかも怪しい流派、もし存在しなかったら困るではないか。だから野暮なことはするまいと思ったのだ。拷問のような45分間をくぐり抜けた今、家に戻ってgoogleで検索してみた。見事に、この映画関連のページしか出てこなかったよ。400年の歴史を持つ必殺の武術・空水流の使い手は、エンディングで軽妙なロボットダンスを披露する(マジだぜ)。もしかしたら、そっちが本職なのかもしれぬ。ロボットダンスの兄ちゃんよ、その将来に幸あれかし! 君の洋々たる前途は、オレの45分間の苦痛を踏みにじったその先にあるんだぜ。

(評価:★1)

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