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[コメント] 純情部隊(1957/日)

「昭和の巌流島」の影
ペンクロフ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







力道山をはじめとする、往時の人気者たちが演じる友情物語。明朗なる人情映画として見事に成立しており、まったく退屈させないマキノ雅弘の職人ぶりには感心しきり。また戦時には角界で稽古に励んでいた力道山が、戦地にこそ赴かぬものの日本軍の新兵を演じている姿は、彼の出自を考えるとなんだか不思議な気分になる。いったい、リキはどんな心境で日本軍の兵隊を演じたのだろうか。

しかし最もオレの心を捉えたのは映画の後半、力道山が仲間たちの勧めを受けてプロレスラーになってからの展開であった。以下に書くことはもはや映画の批評でもなんでもないが勘弁されたい。

プロレスラーになった力道山は二等兵仲間の応援を受け、新兵時代にさんざん殴られた岩本軍曹との闘いに挑む。駿河海演じる岩本軍曹は、柔道七段との触れ込みだ。岩本軍曹と力道山の試合は、日本選手権試合として行なわれる。「力道山が」「柔道家と」「日本選手権を賭けて闘う」 …賢明なるプヲタ諸兄にはお判りであろう、この試合のモデルは間違いなく1954年12月22日、蔵前国技館で行なわれた力道山対木村政彦の日本選手権試合である。軍曹の七段という段位は、「木村の前に木村なし、木村の後に木村なし」とうたわれた不世出の柔道家、木村政彦七段と同じ段位なのだ。

軍曹の挑戦を受けてリキは言う、「八百長なんかやらん! リングに上がれば真剣勝負だ」。これは心優しき光田(力道山の役名)には似つかわしくないセリフである。もう断言してしまいたいのだが、これはプロレスラー力道山本人の言葉なのだ。凄惨な幕切れとなった木村七段との決戦はこの映画の僅か3年前、大衆の記憶も生々しかった頃である。力道山はあの日本選手権試合を、銀幕の中の主人公として、勝者の立場から歴史を語り直した(でっちあげた)のだ。

実際にはこの試合、力道山が一方的に八百長破りを敢行し、あっという間に木村をKOしてしまったのだ。それを平気な顔して「八百長なんかやらん」とは… 有体に言って盗人猛々しいにも程があるのだが、映画を観た大衆は木村のシュートの強さを忘れ、英雄力道山物語を讃えたのであろう。この恐るべきプロ根性、容赦なき攻撃性に、オレは体が震えるほど感動するのだ。死者にムチ打つ力道山はナチスよりひどい。この映画を、木村政彦七段はどんな気持ちで観たのだろうか。いやまず観ちゃいないだろうが、それでも風聞に評判を漏れ聞いたとしたら、その心中、その無念は察するに余りある。

この映画は「戦後最大のスーパースター」などという通りいっぺんの言説ではとても語り尽くせぬ「力道山」という凄玉、その過激な輪郭を示す時代の証言なのだ。力道山と同時代を生きることができなかったオレは、またしても巨大な敗北感の中で、彼への憧憬に胸を焦がすのみである。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)りかちゅ[*]

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