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[コメント] 家族(1970/日)

庶民説教映画に見る1970年のリアルガチな日本の姿
ペンクロフ

なぜか魔が差して、山田洋次の『家族』を観た。アタクシ山田洋次は決して好きじゃあなくて、むしろ大嫌いな作家である。庶民の暮らしは辛いのでアール、しかしそれでも強く生きてゆくのでアール、貧しく倹しくひたむきに、文句ひとつ言わずに現状に満足して生きよ国民!という上からの説教が大嫌いで、基本的にはクソジジイふざけんなよと思ってます。「庶民」とカッコでくくった感じがどうにも鼻持ちならないのです。ま、このへんは人によって好き好きでしょうな。

やりすぎ人情劇としての『学校』なんかはクッソ面白くてある意味大好きだったけど、まあ『学校』の田中邦衛でゲラゲラ笑うオレの如き輩は、山田監督からすれば粛清の対象だろうな、とも思う。

この『家族』なんて、まさに庶民説教映画だ。観てないけど他にも「故郷」だの「同胞」だの、タイトルからして香ばしい映画もたくさんある。しかし一方で、監督としては明らかに力量のある人でもある。判りやすい必殺技を持たずに基礎体力だけで延々ヘッドロックをかけ続けるような地味な実力者・山田洋次の映画は、オレにとって一種のホラーでもある。

家族』では、井川比佐志一家の長崎から北海道への旅路が描かれる。妻は倍賞千恵子、父親は笠智衆、子供が2人。まーお話はいつもの説教なんだけどペッペッ、この映画はロケーションが凄まじく、日本縦断ロケを本当に敢行している。役者たちはガチで国鉄に乗り、ガチで雑踏を歩き、ガチで土地土地の人々と絡んでいる。この映画が切りとった1970年のリアルガチな日本の風景、これがなにしろ面白いのですね。

連絡船での別れは、蛍の光と紙テープ。縁側で倍賞美津子に迫るエロオヤジ。国鉄の列車。席の背には当たり前のように灰皿がついてて、みんな赤ん坊の前で平気で煙草を吸う。ベコベコ半透明のお茶のカップ。ホームを歩く駅弁売り。駅弁をくくる紙紐。工場勤めの前田吟が月賦で買った小さなマイカー。土煙だらけの幹線道路。子供に立小便させることへの抵抗のなさ。ウサギ小屋のマイホーム。万博開催中の大都会・大阪の雑踏。死にそうな笠智衆。携帯電話のない時代、都会で家族にはぐれたら今生の別れになりかねない。地下街を脱出して一息。百貨店のレストランでビールを飲んで生き返る笠智衆。お子様ランチに突き立った万博の旗。ガチの通行人たちを明らかに無許可で撮っており、濃厚な時代の空気にクラクラする。夢の超特急・新幹線。上野駅、愛嬌たっぷりのハナ肇。旅館の狭い部屋。花柄の魔法瓶。あっけなく死ぬ赤子。パンダが来る前の上野動物園。細い瓶のオレンジジュース。青函連絡船の雑魚寝客室。函館港では、道産子が大八車を牽いている。旅の匂いの軽食堂。

オレは1972年生まれだが、連絡船のある風景、列車の灰皿やお茶ボトル、百貨店のレストランの感じなどは実に懐かしく、ガキの頃の記憶のフタが開くような妙な感覚を味わえて楽しかった。また、鉄オタにとっては極上のポルノ映画であろうとも思う。

しかし、これを封切りで観た1970年の観客たちはどんな気分だったんだろう。上記の如き歴史資料的価値を除けば、この映画ただの山田洋次の説教でっせ。お気の毒という他はないねえ…

(評価:★3)

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