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[コメント] キングコング対ゴジラ(1962/日)

他に比類なき映画。「夢の対決」という言葉自体は手垢にまみれても、キングコングとゴジラの激突は聖なる一回性の祭り。これに立ち会うことにこそ、人生の意味があるんだ!
ペンクロフ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







猪木対馬場。プロレスファンが、数十年の長きにわたって熱望した夢の対決である。プロレスファンというのはまったく救えない連中でして、望むカードもこれほどデカくなるともう見たいような見たくないような、実現してほしいような夢のままで終わってほしいような、なんとも複雑な気分に至るものなのだ。しかし馬場が亡くなり猪木が引退した今でこそしたり顔で「まあ夢のまま終わって良かったよ」なんて言うやつも増えたけど、もしこれが実現していたら、そう言ってるやつだって女房を質に入れてでも全力疾走で観に行ったに違いないのだ。恋人との約束を破ってでも、学校をサボってでも、会社を辞めてでも、およそプロレスを通して人生の中に何かを見つけたやつ全員にとって、馳せ参じる以外の選択肢はあり得ない。これに立ち会わない人生なんてゴミですよ!

猪木と馬場は、我々の夢見たシーンを全て見せてくれるだろう。我々の期待に充分に応えてくれるだろう。しかし、我々の巨大な幻想をも超えた試合になることも、また明白なのだ。想像を絶する世界を見せられることになるだろう。まして結末たるや、想像しようとしただけで気が遠くなる。ズバリ言って、猪木と馬場がリング上で向かい合ってゴングが鳴るだけで失神ですよ。いや失禁ですよ! 試合の結末は、もはや神さまがサイコロを振って決めるような世界。人類の脳の中に、その答えはない。

キングコング対ゴジラ』の作り手はこういった観客心理を知り尽くしていたとしか思えない節がある。この映画に出てくる人間たちは異常なバイタリティを見せて、夢の対決を実現させる。自衛隊までもが「両雄並び立たず、双方共倒れ」なんてことを理由にキングコングとゴジラを闘わせたがる。怪獣なんて、1体いるだけでもどうにも行動の予想がつかない厄介なものだ。それを2体で闘わせようなんて、まったくもって正気の沙汰ではない。しかし、これは非常にリアルな人類の本質を描いている部分でもある。ヒトとは、そういうものだからだ。人間は、事を起こすことはできる。それは人類の叡智だ。だが同時に人間は、起こした事の始末をつける事がほとんどない。「でもまあ、とりあえずやってみよう」。人類の歴史はその繰り返しだ。

キングコングとゴジラは、夢のようなシーンを次々と見せてくれた。だが、あらゆる映画には結末がある。ここで収まりのいい終わりかたは、いくらでも考えられたと思う。だが作り手は、この対決が「神さまが振るサイコロの目」の領域にある事を知っていた。それを作り手は、知り尽くしていた。オレはそのことに、体が震えるような感動を覚える。

この映画の「両者リングアウト」という不透明決着は、プロレス的と揶揄されることが多い。茶番と言われることすらある。しかし、オレにはこれ以上誠実な『キングコング対ゴジラ』の終わらせ方は考えられない。人間は、仕掛ける生きものである。キングコングとゴジラの対決を画策した人間たちは、それでも神の世界へ帰っていく怪獣たちを、立ちつくして見送ることしかできない。それはこの映画の作り手たちが、結末を神の手に返した瞬間でもあったんだ。

「仕方ないよ… あきらめよう」 多湖部長の最後のセリフが胸を打つ。あきらめる事を知らぬ、バイタリティに溢れたパシフィック製薬宣伝部長。およそもっとも彼らしくないこのセリフの意味は、実に重要だ。そりゃあ、平易で含蓄のないセリフかもしれないよ。映画のラストでつぶやかれる名ゼリフ、「あのゴジラが最後の1匹とは思えない…」とか「勝ったのはあの百姓たちだ…」とかに比べれば、バカみたいに聞こえるかもしれないよ。でも、オレには謙虚な人類代表のつぶやきに思えたんだ。そしてそれでも束の間の夢に立ち会わせてくれたこの映画に、心から感謝したんだ。(どうでもいいが映画のラストの名ゼリフといって思いついた例が2つとも志村喬だとは、オレもヤキが回ってますな)

現実のプロレスにも、『キングコング対ゴジラ』の域に達した試合がある。1981年に田園コロシアムで行われた、アンドレ・ザ・ジャイアント対スタン・ハンセンである。不透明な決着にも不満を漏らすファンが皆無だったこの試合は、プロレスファンの記憶の中で今なお生き続けている。そして『キングコング対ゴジラ』も、オレの中で永久に生き続けるのだ。一回性の巨大な祭りに立ち会えた幸福を、生きている限り抱きしめていたい。オレにとって『キングコング対ゴジラ』とは、そういう映画なのです。

(評価:★5)

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