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[コメント] スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団(2010/米=英=カナダ)

意外なほどあっさりと見終えてしまえることが、この映画にとってよいことなのかどうか。これほどいかがわしいはずなのに、軽快さばかりが画面を圧倒し、不穏さを残さない。(2011.9.11)
HW

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 「公開嘆願署名」なんていうものに生まれて初めて署名して(ネットでだけれど)、迷わず劇場に駆けつけたのだけれど、悪くないにしても、少し期待をし過ぎたらしい。これはエドガー・ライト監督の悪い部分が多く出てしまっていると思う。変り種の軽快なコメディとしては成功しているが、そのフットワークの軽さゆえに過剰さや異質さをドラマに昇華させるには至らない。軽快さばかりがひとり跳ね回っているうちに、映画が終わってしまった。

 原作コミックは、どこまでもジャンクでしかない平坦な日常と、忘失を続けるズタズタに断片化された記憶とを一身に背負った、成熟なんかもとからできっこないサブカル時代のためのビルドゥングスロマン。そういう意味では、大人になれない男が真剣だがどこか見当違いとも思える責任感に目覚める『ショーン・オブ・ザ・デッド』でデビューし、自身「永遠の14歳」(だったかな?)を自認するエドガー・ライトは適任とも言えたはずだが、これでは成長できないことの開き直り、果ては謳歌になってしまっていて、同じく十全な成熟など訪れないにしても、成長できない自分を受け容れるのとは意味が全然違う。結末にかけての展開に弱さを感じずにいられなかったが、「1-up」復活で吹っ切れるのはいいにしても、吹っ切れるに至るための逡巡の瞬間が感じられないのだ。監督お決まりの早業カットがドラマを回避する方向にばかり機能してしまう。

 しかし、ドラマ云々を抜きに見ても、アクションにせよコメディにせよ、ブランドン・ラウスとのベース・バトル前後で映画としてのピークをよくもわるくも迎えてしまっているだろう(それにしても、あんなムキムキマッチョの『スーパーマン リターンズ』に太い眉毛の真顔で「月曜日のクリーニング・レディー」の話をしてもらえて、どんなに私が嬉しいことか)。のぞき込んだ穴の奥から「D...D...D...」とファンキーに響いてくる「音」(笑)をカメラが追って行き、ベースを肩にかけたラウスが直立で浮遊しながらエントリーするこのバトルが、撮影的にも端正で、音響効果も渋い分、これに匹敵するスリリングなパートが後半に見当たらないのだ。それでも、カタヤナギ兄弟戦だったら、エキストラをうんと詰め込んだ空間をめいっぱいバカバカしさに費やす爽快感があるのだけれど(ちょっと挑発するかのように歌われるあの曲"Threshold"、好きです。音楽的には、Beck vs. Cornelius のここが正しくピークでしょう)、最後のギデオン戦になると、だだっ広い場所でこじんまりとした闘いをやっている、という印象が拭えなくなる。

 そのラスト・バトルをかろうじて盛り上げるのが序盤のゲーム・センターでの伏線(?)を活かしたマイケル・セラエレン・ウォンのタッグなのだけれど、反面、これに釣り合うような関係がメアリー・エリザベス・ウィンステッドとのあいだに描かれないことが目立ってしまう。ラスト周辺の三角関係をめぐる駆け足な展開に、どこかちぐはぐとした感触を覚えたが、どうも、当初はナイブス(エレン・ウォン)とヨリを戻す結末を用意していたところを、遅れて完結を迎えた原作の結末と試写での反応とを受けて、ラモーナ(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)とくっつく方向に差し替えたという事情があるらしい。それ自体は別にいいのだが、それに見合うだけの展開が十分に用意されていないので、ラモーナが最後の最後まで単なる「夢の女」のままで終わってしまっている。ギデオン(ジェイソン・シュワルツマン)につき従っている理由が首筋の安っぽいチップ一つだなんて、狙っているのだとしても、寒々しい。

 と、愛ゆえに、あえて厳しい評価をしてしまったが、泥酔状態でも万全のキーラン・カルキンからアナ・ケンドリックへの携帯ホット・ラインとか、ひょこひょこ順番に顔を出す四人布団(顔触れにも味があるね)とか、契約のためなら魂でも何でも売ります、とばかりにスコットをあっさり見捨ててサインするバンド・メンバーとか、笑える場面には事欠かない映画。キャストはいいし(逆に言うと、みんな、もっと出番が欲しい)、個々のシーンの映画的な質が低いわけではない。なんだかんだで機会があればまた見るかも。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)煽尼采 takamari[*] 3819695[*] ガリガリ博士[*]

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