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[コメント] 砂の器(1974/日)

当時の蒲田は今以上に猥雑とした街だったはずである。そんな街の片隅でひっそりと起こった殺人事件。一つの細い糸が昭和の一つの闇を明らかにしていく。その見事な構図。
グラント・リー・バッファロー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







正直ツッコミたいところは結構ある。いくら捨てるところがないからってシャツを切り刻んで、電車からたまたま捨てる女性。で、たまたまその様子を著述家が見ていて、しかもたまたま自分の文章の素材にするという奇跡的な偶然。そして、たまたまその文章を読んでいた森田健作が、紙ではなく布切れではないかと疑う、どんな名探偵でも為しえないような神業のような名推理。「たまたま」が何重にも重なる。他にも刑事二人が東北から夜行で帰京するときに、たまたま犯人がそこに乗り合わせていたりもする。

ただ、本作はそんな無粋なツッコミをある程度忘れさせてくれるだけの魅力に富んでいたことは確かである。なかでも犯人の薄暗さは印象に残った。幼少時の体験が大きく影響したのか、義父と義母を戦争で失ったことも関係しているのか、彼は世の中に対して鬱屈した気持ちをもっていた。権力者の娘と婚約したのも、社会上昇そのものを目的としていたというよりは、権力を握ることで社会に対して何らかの復讐をおこなうつもりだったのかもしれない。『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンや、おそらくは本作とよく比較されるであろう黒澤明の著名な現代劇(←自主規制)での犯人像などを思い出す。人知れずハングリーさを培いナイフを研いでいくなかで、緒形拳演じる純朴な元巡査は、犯人の壮大な野心の途上で立ちふさがってくる存在であったのだろうなと推測する。二人は世界のどこかでぶつかる運命だったのかもしれない。

そんな犯人と刑事たちが対峙しないまま終わってしまったのが悔やまれる。それぞれの執念や情念みたいなものは伝わってくるのだが、これだけ長いわりに双方のぶつかり合いがないため幼少時の体験ばかりが目立ち、現在の犯人の心情や思考がいまいち見えてこなかった(だからこそ前段落の犯人像も「推測」の域を出ない)。ミステリーであっても、人間ドラマであってもいずれにしろ他の要素が骨太なだけに、そのあたりの描写を期待していた。とはいえ、冒頭から観る側を巧妙に引き込んでくれる謎や、後半の怒涛のような展開に魅せられたことは確かである。(★3.5)

(評価:★3)

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