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[コメント] 愛の世紀(2001/スイス=仏)

ゴダールの撮ったものは映画でなく写真。書いたものは脚本でなく愚痴とお説教。老醜の極み。
マーヴィン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ゴダールを見続けてきたわけではない。『勝手にしやがれ』はもはや40年も昔の作品。ゴダールに先駆者としての輝きと疾走する躍動感を感じ続けていることは間違いなのかもしれない。ハリウッド・商業映画に対する底の浅い(剥き出しの)批判の数々。「活動写真」の世紀に逆戻りしたかのようなこれ見よがしの映像。「アメリカの映画には商売がつきものだ」「私もそう思います」といった台詞のやり取りに辟易し、そして悲しくなって映画館の席を蹴った。

画を創る大切さ、光と影の活かし方、メタファー・・・。ゴダールの言いたいことは、悲しいかな、手に取るようにわかった。テクノロジーに対する苦々しい思いも、手に取るようにわかった。老いるとは悲しいこと。いつの間にかゴダールは追いかけられる立場ではなく、国会議事堂に居座っている困ったお爺ちゃんのようになってしまった。これが「良い作品」だと思っているの?それ以前に、本当にこんなものを撮りたいの・・・?ゴダールは、映画の未来や可能性を自ら否定し、そして自ら過去の遺物となることを選択したかのように思う。

悲しいかな。ゴダールに映画作家としての創造力、その広がりはもはや失われているのだろう。息苦しいまでに伝わってくる表現への渇望。ナタでかち割ったような荒々しい情熱。血しぶきを上げながらそれでも疾走する生命力。すべて失われてしまった。そして、ジャック・リべットのような「老練で達者」な表現も拒否するのであれば、もう救いようがない。映画作家・ゴダールは銅像となるのみだ。

(評価:★1)

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